元児相職員が考える「大和市7歳男児死亡事件」

心理・考察

大和市7歳男児死亡事件とは?

2019年8月、神奈川県大和市で、7歳の男の子が母親からの暴行により命を落とす事件が起きました。

この事件では、児童相談所、市役所、学校、家庭裁判所と、複数の公的機関が長期間関わっていたにもかかわらず、最悪の結果を迎えてしまいました。

「なぜ防げなかったのか」
「どこで判断を誤ったのか」

元児童相談所職員として、感情論ではなく、制度の中で何が起きていたのかを整理しながら考えていきたいと思います。

上田雄大くん殺害事件の経緯

2012年6月、雄大くんは上田容疑者の次男として生まれました。

同年10月、「気が付いたら青くなっていた。心肺停止の状態になった」として母親が消防に通報し、雄大くんは救急搬送され、入院します。

この家庭では、

  • 2002年:兄が生後半年未満で死亡
  • 2003年:姉が生後半年未満で死亡

という経緯がありました。

このことから児童相談所は雄大くんを一時保護します。

一時保護と施設入所

一時保護は2012年11月から始まり、2014年12月には保護者の同意を得たうえで施設入所の措置が取られました。一時保護と施設入所は合わせて約2年続き、雄大くんが2歳9か月になった2015年3月、児童相談所は「安全を確保できる」と判断し、施設入所を解除、在宅指導へ切り替えました。

再び起きた死亡事案

しかしその後、2017年4月、雄大くんの弟(三男)が自宅で亡くなります。これを受け、児童相談所は雄大くんを再び一時保護しました。

この2回目の一時保護の際、雄大くんは「お母さんが怒ると、とても怖い時がある」「お母さんに投げ飛ばされて口から血が出た」と話していたとされています。

家庭裁判所への申し立てと却下

児童相談所は翌年、雄大くんを施設に入所させる必要があると判断しました。しかし、保護者の同意が得られなかったため、2018年2月、横浜家庭裁判所へ施設入所を求める審判を申し立てます。

ところが、2018年10月、家庭裁判所はこの申し立てを却下しました。

児童相談所は「他の子どもが亡くなったことが保護者の責任か不明であることなどを理由に却下された」と説明しています。また、「家裁に提出した書類が、家庭での養育が不適切であると断定できるほど十分ではなかった」とも述べています。

在宅指導と死亡

2018年11月、一時保護は解除されました。児童相談所は小学校など地域の関係機関と連携しながら在宅指導を行っていましたが、2019年8月、雄大くんは亡くなりました。

児童相談所は死亡の4日前、母親と雄大くんと面接をしています。その際は「問題なく生活が送れているように見えた」としています。児童相談所は「通常の養育自体には問題が見られず、対応が難しい家庭だった」と説明しています。

児相の対応は正しかったのか?

他の兄弟が亡くなっている状況から見ても、児童相談所は「家庭での養育は危険である」と判断し、施設措置を目指していました。

しかし、保護者の同意が得られず、家庭裁判所でも却下されてしまいました。この時点で、児童相談所が強制的に母子分離を行う手段はなくなります。

その後にできることは、

  • 定期的な通所指導
  • 学校や病院など関係機関への見守り依頼
  • 情報収集

これくらいしかありません。

通所時の支援体制

通所の際は母子で来所してもらい、母親は福祉司と個室で面接、雄大くんは心理司と別室で面接という形をとります。分離し、秘密が守られる環境で、安心して話ができるよう配慮します。

担当制のため、雄大くんは一時保護の頃から同じ心理司と関係を築いていました。だからこそ、家でのことや母親への恐怖を話してくれたのだと思います。

子どもは親を庇う存在である

本来、子どもは親が大好きです。どんなにひどい扱いを受けていても、親を庇います。その環境しか知らないため、「おかしい」と気づくこと自体が難しいのです。だからこそ、心理司が子どもの気持ちに寄り添い、時間をかけて丁寧に話を聞くことが不可欠なのです。

どうしたら防げたのでしょうか?裁判所には、現場の“温度感”は伝わりません。司法判断には、目に見える証拠が求められます。

児童相談所は、通所面接を重ねながら、本児の発言を積み上げ、施設措置につなげようとしていた最中だったのではないかと推測します。雄大くんの死亡は、その途中で起きました。

家庭裁判所の却下という壁

家庭裁判所に申し立てた時点での材料は、

  • 兄弟の不審死
  • 本児の心肺停止既往
  • 暴力を受けたという本児の証言(客観的外傷の確認なし)

だったと考えられます。

しかし、裁判所から見れば「今この瞬間、家庭内に明確な危険がある」とは言い切れなかったのでしょう。司法は、感情や推測で判断しません。それは制度として当然です。

ただ、児童相談所という専門機関が、組織として施設措置が妥当と判断した重みを、もう少し汲み取ってもらえなかったのかという疑問は残ります。

児童相談所の実情

現在、児童相談所は深刻な人手不足です。虐待の認知件数は年々増え、職員数も増やすよう通達は出ていますが、経験年数1〜2年の職員が急増し、教育が追いついていません。

1人のベテラン職員が、2〜3人の新人を指導しながら、自分の担当ケースも抱えています。複雑で重いケースは、経験のある職員に集中します。

心身ともに疲弊し、休職する職員も少なくありません。そしてこの休職は、連鎖します。1人が抜けると、その人が抱えていた60件前後のケースを他の職員が引き受けることになります。

これは、実際に起きている現実です。

大切なのは職員の心のゆとり

児童相談所は、できることを最大限尽くしていたと思います。それでも事件は起きました。職員の本音は、「これ以上どうすればよかったのか」「見守っていた命だったのに悔しい」それに尽きます。

児童相談所、市役所、学校、保育園。子どもに関わる全ての機関が、正常に機能するためには、職員一人ひとりの“心のゆとり”が必要です。

忙しさに追われ余裕を失えば、気づけず、後回しになり、連携が遅れます。それは個人の怠慢ではなく、構造の問題です。虐待を防ぐための予算を、人員を、教育を。

現場の声が正しく届き、もう二度と同じ悲劇が繰り返されないことを、心から願っています。

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