映画『シャッターアイランド』彼は正気に戻ったのか─ラストシーンの真実

映画感想

映画『シャッター アイランド』 を鑑賞しました。

この作品は、観終わった瞬間に「……結局どっちだったんだ?」という疑問が頭から離れなくなる映画です。しかもその問いは、単なるどんでん返しの正解探しではなく、人間が正気で生きるとはどういうことなのかという、非常に重たいテーマへと繋がっていきます。

作品情報

  • 原題:Shutter Island
  • 公開年:2010年
  • 製作国:アメリカ
  • 上映時間:138分
  • 監督:マーティン・スコセッシ
  • 原作:デニス・ルヘイン『シャッター・アイランド』

主なキャスト

  • テディ・ダニエルズ/アンドリュー・レディス:レオナルド・ディカプリオ
  • チャック・オール:マーク・ラファロ
  • コーリー医師:ベン・キングズレー
  • シーハン医師:マックス・フォン・シドー

重厚な音楽、荒れ狂う海、閉ざされた島。
スコセッシ監督らしい不穏な演出が、冒頭から観客の不安を煽り続けます。

あらすじ

精神を病んだ重犯罪者だけが収容される孤島、シャッター・アイランド。
その島にある精神科病院「アッシュクリフ」で、一人の女性患者が不可解なメッセージを残して失踪します。

事件の捜査のため、連邦保安官テディ・ダニエルズと相棒のチャックは島へ向かいます。

しかし島に到着した瞬間から、警備兵の過剰な警戒、職員たちの不自然な態度、患者たちの奇妙な視線が、テディに強い違和感を抱かせます。

やがて彼は、この病院では人体実験が行われているのではないか、自分自身も何かに利用されているのではないか、という疑念を深めていきます。

考察の余地がありすぎる衝撃のラスト

本作を語るうえで避けて通れないのが、ラストシーンの解釈です。

閉鎖病棟を舞台にした作品であり、伏線を大量に張り巡らせ、最後に世界が反転する。その構造から、映画『アサイラム』を思い出した方も多いでしょう(院長役が同じ俳優というのも印象的です)。

観終わった直後、「……結局どっち?」と立ち止まらせる余韻こそが、この映画の最大の魅力です。

ラストは大きく分けて、次の二つの解釈が考えられます。

説1:テディは患者であり、すべては妄想だった説

まず最もオーソドックスで、多くの伏線と整合性が取れる解釈です。主人公は患者であり、全て妄想だったと考えられます。

島に到着した際の警備兵たちの冷たい態度。患者たちがテディを見て笑ったり、指を差したりする様子。これは、彼らがテディ=アンドリューを以前から知っていたと考えると自然です。

また、テディがチャックに「重犯罪者に安らぎを与える必要があるのか」と語ったとき、チャックが思わず笑ってしまう場面。これは皮肉でも嘲笑でもなく、テディ自身もまた、重犯罪者だからと解釈できます。

病院スタッフの“緊張”の正体

テディの事情聴取に集まった看護師たちが、常に不安そうに目配せをし、テディが身を乗り出すたびに緊張が走る。

これは、妄想に付き合う演技をしているからではなく、過去に暴力行為を何度も起こしている患者を刺激しないためだったのでしょう。

つまり、彼らは最初から「治療の一環として、彼の妄想世界に付き合っていた」と考えると、すべてが腑に落ちます。

灯台での“ベイビー”発言の意味

ラストの灯台で、コーリー医師が突然「びしょ濡れじゃないか、ベイビー」と軽口を叩く場面。

この唐突なセリフは、アンドリューのトラウマを熟知した医師が、彼を現実に引き戻すために選んだ言葉だったと解釈できます。

彼は患者をからかっているのではなく、「もう芝居は終わりだ」と合図を送っているのです。

説2:病院の人体実験でがテディを洗脳した説

一方で、完全に切り捨てることができないのが、病院側の“怪しさ”です。人体実験の患者に陥れ、洗脳した説が考えられます。

洞窟で出会った女性が語る、薬物投与や洗脳の話。支給されたタバコや薬を、テディ自身が実際に口にしている描写。これらは、「すべて妄想」として片付けるには、あまりに具体的です。

「4の法則 67番目は誰?」の意味

作中に登場する「4の法則 67番目は誰?」というメモ。

4人の主要人物の名前がアナグラムになっている点や、病院の患者数が66人である点を踏まえると、アンドリュー自身を67番目の患者として取り込む計画だった可能性も否定できません。

ただしこの点は、逆に「妄想を補強する材料」とも取れるため、解釈が分かれる部分です。

ラストを確信した瞬間

私自身が説1「テディは患者だった」と確信したのは、ラストのこのセリフです。

「どちらの方がマシかな。モンスターのまま生きるか、善人として死ぬか」

この言葉は、妄想の中にいる人間のセリフではありません。自分が何をしたのか、何を失ったのか、すべてを理解した人間が、それでも耐えられずに選んだ言葉です。

自ら“テディ”を演じ続けた理由

妻が子どもを殺し、自分が妻を殺したという現実。それを受け入れて生き続けることは、アンドリューにとってあまりにも過酷でした。だから彼は、正気に戻ったあともあえてテディを演じ続け、ロボトミー手術を選んだ

それは敗北ではなく、彼なりの“救い”だったのだと思います。

夢と現実の食い違いが示すもの

テディは序盤、妻は火事の煙で死んだと語ります。しかし夢の中の妻は、お腹から血を流している。この矛盾こそが、彼の深層心理が真実を知っていた証拠です。

つまり、保安官テディは妄想であり、夢こそが現実だったということです。

映画感想

『シャッターアイランド』は、単なるどんでん返し映画ではありません。

これは、人間が正気で生きるために、どこまで真実から目を背けられるのかを描いた物語です。

ラストの解釈に正解はありません。
しかし、「彼は目覚めたうえで、壊れる道を選んだ」という読み方は、この映画を最も残酷で、最も人間的なものにします。

だからこそ、観終わったあとも、あの島から抜け出せなくなるのです。

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