―「守るための行動」としての心理を理解する―
「失敗を隠す子」と聞くと、
・正直じゃない
・ズルをしている
・反省していない
といった印象を抱かれがちです。
しかし心理学の視点から見ると、失敗を隠す行動の多くは“自分を守るための必死な適応行動”であり、性格の問題ではありません。むしろ、過去の経験や環境の中で「そうせざるを得なかった結果」として形成されていることがほとんどです。
この記事では、
- なぜ子どもは失敗を隠すようになるのか
- その背景にある心理的メカニズム
- 大人が気をつけたい関わり方
を、具体例を交えながら丁寧に解説していきます。
「失敗=危険」になってしまった子どもたち
子どもにとって本来、失敗は学習の一部です。転ぶ、間違える、失敗する――それを繰り返しながら、人は成長していきます。しかし、ある条件が重なると、失敗は「学び」ではなく「危険」になります。
失敗が危険になる瞬間
- 失敗したときに強く叱責された
- 失敗を長期間からかわれた
- 失敗を理由に仲間外れにされた
- 家庭や学校で「失敗=価値が下がる」と扱われた
こうした体験が繰り返されると、子どもの中で次のような学習が起こります。
失敗する
→ 恥をかく
→ 笑われる/怒られる
→ 自分の存在が脅かされる
この回路ができあがると、失敗は避けるべきもの、隠すべきものへと変わっていきます。
おもらしを揶揄われた経験が残すもの
「おもらし」は、失敗を隠す心理を考えるうえで非常に象徴的な例です。
なぜ、おもらしは心に深い傷を残しやすいのか
- 本人にとってコントロールが難しい出来事
- 身体的・プライベートな領域に関わる
- 「汚い」「恥ずかしい」と評価されやすい
- 一度の出来事が、長期間ネタにされやすい
たとえば、
- 小学校低学年でおもらしをしてしまった
- クラスメイトに見られ、笑われた
- その後も「あいつ昔おもらししたよね」と何年も言われ続けた
この経験は、子どもの中で単なる「恥ずかしい出来事」では終わりません。
心の中で起こること
- 「失敗した自分=恥ずかしい存在」という自己イメージ
- 「失敗すると、ずっと覚えられてしまう」という恐怖
- 「一度の失敗で、人は自分を見下す」という学習
結果として、「もう二度と失敗を見せてはいけない」という強い防衛的な信念が形成されていきます。
失敗を隠す行動の正体は「防衛反応」
心理学的に見ると、失敗を隠す行動は防衛反応の一種です。
よく見られる行動例
- ミスを人のせいにする
- 嘘をついて辻褄を合わせる
- できていないのに「できた」と言う
- 失敗が起きそうな場面自体を避ける
- 指摘される前に話題を変える
これらは一見すると問題行動に見えますが、内側では次のような感情が渦巻いています。
- また笑われるかもしれない
- 怒られるかもしれない
- 見捨てられるかもしれない
- 自分はダメな人間だと思われるかもしれない
「隠す」ことで、心の安全を確保しようとしているのです。
「正直に言えない子」は、正直になれなかった過去を持っている
大人はつい、「正直に言えばいいのに」「嘘をつくから余計に怒られる」と言ってしまいがちです。しかし、ここには大きな落とし穴があります。
正直さは「勇気」ではなく「安全感」から生まれる
人は、
- 正直に言っても受け止めてもらえる
- 失敗しても人格を否定されない
- 関係が壊れない
という安全感があって初めて、正直になれます。
つまり、正直に言えない子=勇気がない子ではなく、正直に言えるほど安全な環境を経験してこなかった子なのです。
失敗を隠す子に必要なのは「叱責」ではなく「再学習」
では、どう関わればいいのでしょうか。
ポイントは、失敗に対する意味づけを塗り替えていくことです。
大人ができること①
失敗そのものより「その後」を大事にする
×「なんでこんなことしたの!」
○「ここまでよく頑張ったね。次どうしようか」
大人ができること②
事実と人格を切り離す
×「だからあなたはダメなの」
○「この行動は困ったけど、あなた自身がダメなわけじゃない」
大人ができること③
小さな正直さを見逃さない
- 途中で言い直した
- 少しだけ本当のことを言えた
- 言葉に詰まりながらも話そうとした
こうした瞬間は、その子なりの精一杯の勇気です。
「失敗を隠さなくていい世界」を、少しずつ体験させる
失敗を隠す子どもは、「失敗した自分は守られない」という世界観の中で生きてきました。それを一気に変えることはできません。
だからこそ大切なのは、
- ここでは大丈夫
- この人の前では隠さなくていい
- 失敗しても関係は続く
という小さな成功体験を積み重ねることです。
おわりに
失敗を隠す子どもは、怠けているわけでも、反省していないわけでもありません。ただ、「もう傷つきたくない」と必死に自分を守っているだけなのです。その背景に目を向けたとき、私たち大人にできる関わりは、きっと変わってくるはずです。
失敗を責めるより、失敗しても戻ってこられる場所をつくること。それが、「失敗を隠さなくてもいい子ども」を育てる、最も確かな道なのだと思います。



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