大和市4児不審死の事件で、県や市が、
母親の代理ミュンヒハウゼン症候群を疑って対応していたと話題になっています。
ニュースを見て、
「代理ミュンヒハウゼン症候群って何?」
「そんなことが本当に起こるの?」
と感じた方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、代理ミュンヒハウゼン症候群について、
心理学的な視点と、虐待対応の現場での特徴を交えながらまとめました。
はじめに|この記事を読む上での注意点
この記事は、
代理ミュンヒハウゼン症候群という非常に稀で特殊な虐待について、
理解を深めることを目的として書いています。
特定の人物や家庭を疑ったり、
誰かを断罪したりするためのものではありません。
ネット上の憶測について
代理ミュンヒハウゼン症候群という言葉は、
検索すると芸能人やインフルエンサーの名前と一緒に語られることがあります。
しかし、
医師や専門家による評価なしに、
第三者がこの診断名を用いることは適切ではありません。
「違和感がある」
「なんとなくおかしい気がする」
という感覚と、
医学的・心理学的な判断は、
明確に切り分けて考える必要があります。
「知ったつもり」にならないために
代理ミュンヒハウゼン症候群は、
本やネットの記事を読んだだけで
見抜けるようになるものではありません。
現場では、
複数の専門職が連携し、
長い時間をかけて慎重に判断されます。
この記事は、
「こういうケースが存在する」
「見えにくい虐待の形がある」
と知るための入り口にすぎません。
ミュンヒハウゼン症候群とは?
例えば、あなたが風邪をひいたときのことを想像してみてください。
普段は少し口うるさい母親が、
その時ばかりは親身になって心配し、優しくしてくれました。
そんな時、
「いつもこうだったらいいのにな」
と思ったことはありませんか。
その優しさを求め、今度は仮病を使ってみます。
すると、また母親は優しくしてくれる。
しめしめ、と味を占めたあなたは、
仮病を使うと母親が優しくしてくれる、ということを学習します。
そして、いつの間にか仮病をやめられなくなってしまうのです。
さらにそれがエスカレートすると、
今度は「仮病だとバレてしまうのではないか」という不安が生じます。
バレないために、
今度は自分で自分を傷つけ、症状を本物にしてしまいます。
そうすると、また母親に心配してもらえる。
このような悪循環が生まれます。
これが、ミュンヒハウゼン症候群と呼ばれる精神疾患です。
ミュンヒハウゼン症候群の特徴は、
金銭的利益や社会的利益が目的ではないという点にあります。
「病気であること」そのものが目的となり、
心配されること、注目されることによって、
自分の心の不安定さを一時的に落ち着かせようとします。
代理ミュンヒハウゼン症候群とは?
代理ミュンヒハウゼン症候群は、
ミュンヒハウゼン症候群の一形態です。
大きな違いは、
傷害の対象が自分自身ではなく、子どもになるという点です。
子どもを熱心に看病する自分に対して、
周囲から
「頑張っているお母さん」
「大変だけど偉い」
「献身的な親」
といった同情や称賛が集まります。
その状況が、養育者にとって心地よく感じられてしまいます。
その結果、
子どもが病気や怪我をしたと虚偽の報告をしたり、
本来は必要のない薬を飲ませて症状を起こしたり、
場合によっては故意に怪我をさせてしまうこともあります。
重要なのは、
多くのケースで加害者自身が
「自分が虐待をしている」という認識を持っていないことです。
本人の中では、
「子どものためにしている」
「心配だから病院に連れて行っている」
という認識で行動していることも少なくありません。
虐待対応の現場でも特殊な事例
子どもに病気を作り、
かいがいしく面倒を見ることで自らの心の安定を図る代理ミュンヒハウゼン症候群は、
子どもの虐待における特殊型とされています。
加害者は母親であるケースが多く、
医師がその子どもに様々な検査や治療が必要であると誤診してしまうほど、
巧妙な虚偽や症状の捏造が行われることがあります。
加害者は、自分が納得できる検査結果や処置が得られるまで、
「その状態」を続けるため、
必要のない検査や治療が延々と行われてしまうことになります。
さらに、医療者の注意を十分に引きつけることができない場合、
子どもの症状が次第に重篤化し、
致死的な手段もいとわなくなることがあるため、
非常に注意が必要です。
しかし、医療者が疑いを持ち始めると、
急に来院しなくなったり、
別の医療機関を受診したり、
これまでに得た医学的知識を基に、
さらに巧妙な症状を作り出すこともあります。
一般的に、加害者は
医師に「熱心な母親」「子ども思いの親」という印象を与えます。
そのため、
「この母親が虐待などするはずがない」
と思わせてしまうことも、決して珍しくありません。
疑うポイント
医師であっても見分けることが非常に困難な症例ですが、
いくつか参考になるポイントがあります。
- 持続的、あるいは反復する症状が見られる
- 子どもの全身状態は良いにもかかわらず、養育者が危機的な症状や重篤な検査結果を訴える
- 子どもの側を離れようとせず、よく面倒を見ているように見えるが、重篤な臨床状況に直面しても慌てる様子が見られない
- 養育者と分離すると症状が落ち着く
- 通常の診療で有効とされる治療が無効である
- 過去に複数の医療機関を受診している
(参考:日本小児科学会)
ただし、これらのポイントは、
一つだけで代理ミュンヒハウゼン症候群と判断できるものではありません。
強い不安を抱える保護者や、
医療的ケア児を育てる家族にも、
似た行動が見られることがあります。
そのため、現場では
一つひとつの行動だけでなく、
時間の経過とともに重なっていく違和感を慎重に見ていく必要があります。
あの有名な芸能人はどうなの?
代理ミュンヒハウゼン症候群と検索すると、
市川海老蔵さんや
辻希美さんの名前がヒットします。
お二人とも、子育ての様子を発信するブロガーとして有名ですよね。
市川海老蔵さんの場合は、
奥さんである真央さんがお亡くなりになった後もブログの更新が続いたことから、
「可哀想な夫」「可哀想な父親」をアピールしているのではないか、
といった誹謗中傷が広がったことが発端のようです。
しかし、お子さんたちは大きな怪我や病気もなく、
元気に成長しており、
代理ミュンヒハウゼン症候群を疑う合理的な理由は見当たりません。
辻希美さんについても、
子どもが高熱を出したことをブログに書いたり、
病み上がりの子どもを連れて外出したりする様子から、
代理ミュンヒハウゼン症候群ではないか、という噂が立ったようです。
しかし、日常を包み隠さず発信していることや、
注目を集めやすい立場であることと、
代理ミュンヒハウゼン症候群であることは、全く別の問題です。
医学的・心理学的な評価なしに、
個人をこの病名に当てはめることは適切ではありません。
映画やドラマにも登場
代理ミュンヒハウゼン症候群を扱った作品も存在します。
- 映画『シックス・センス』
- 映画『ルイの9番目の人生』
- 映画『着信アリ』
『シックスセンス』 では、 娘に毒を飲ませ悲劇の母親を演じている代理性ミュンヒハウゼン症候群の母が登場します。 『ルイの9番目の人生』 では、 主人公ルイは9回死にかけるのですが、全て母親によるものでした。『着信アリ』 水沼美ヶ子という少女の亡霊が生前代理ミュウヒハウゼン症候群だったといわれています。
これらの作品では、
代理ミュンヒハウゼン症候群がホラー的・劇的に描かれています。
確かに印象に残りやすい題材ではありますが、
現実の代理ミュンヒハウゼン症候群は、
もっと静かで、分かりにくい形で進行することがほとんどです。
フィクションのイメージだけで理解してしまうと、
実際のケースとのズレが生じることもあります。
支援職・周囲の大人にできること
代理ミュンヒハウゼン症候群は、
非常に稀なケースでありながら、ひとたび起これば子どもの命に直結する可能性がある、
極めて深刻な虐待です。
その一方で、
「疑いすぎること」もまた、支援を必要とする家庭を追い詰めてしまう危険があります。
そのため、支援職や周囲の大人に求められるのは、
断定しない姿勢と違和感を見過ごさない視点の両立です。
「おかしい」と決めつけないことの大切さ
代理ミュンヒハウゼン症候群で指摘される行動の多くは、
実は、強い不安を抱える保護者や、医療的ケア児を育てる家族にも見られます。
- 子どもの状態を細かく説明する
- 病院を何件も受診している
- 子どもから離れたがらない
- 治療に対して強いこだわりを持つ
これらの行動だけを切り取って、
「おかしい」「危険だ」と判断することはできません。
大切なのは、
その行動が「子どもの安全を守る方向に向かっているか」
それとも
「子どもの状態が悪化する方向に繰り返されているか」
という視点です。
子どもの立場から見たときに起きていること
代理ミュンヒハウゼン症候群の特徴のひとつに、
子ども自身が親をかばうことが多い、という点があります。
子どもにとって親は、
生きていくために絶対に必要な存在です。
そのため、
- 「お母さんは悪くない」
- 「自分が弱いから心配される」
- 「自分が病気でいる方が安心される」
といった形で、
状況を受け入れてしまうことがあります。
外から見ている大人が感じる違和感と、
子ども本人が語る内容が一致しないことも、
決して珍しいことではありません。
「白か黒か」で考えない
代理ミュンヒハウゼン症候群は、
診断がつくか、つかないか、
虐待か、そうでないか、
という二択で考えられる問題ではありません。
グレーな状態の中で、
・子どもの安全
・養育者の心理的ケア
・支援の継続
を同時に考えていく必要があります。
疑いがあるからといって、
即座に糾弾したり、関係を断ったりすることは、
かえってリスクを高めることもあります。
知識を持っていること自体が支援になる
代理ミュンヒハウゼン症候群は、
「よくある話」ではありません。
しかし、
「こういう事例が存在する」
「見えにくい虐待の形がある」
と知っているだけで、
どこかで感じた違和感に立ち止まることができるようになります。
それは、
子どもを守る可能性を、ほんの少し広げることにつながります。
このテーマを知ること自体が、
すでに支援の一歩なのだと思います。
よくある誤解とQ&A
代理ミュンヒハウゼン症候群について調べる中で、
多くの人が同じような疑問や違和感を抱きます。
ここでは、よくある誤解について整理しておきます。
Q1.子どもの病気やケガをよく発信している親は、怪しいのでしょうか?
いいえ。
発信の多さ=代理ミュンヒハウゼン症候群ではありません。
子どもの体調や育児の大変さを発信することは、
不安の共有や情報交換、気持ちの整理として行われることも多く、
それ自体はごく自然な行動です。
代理ミュンヒハウゼン症候群が問題となるのは、
・医学的な説明がつかない症状が繰り返される
・子どもの安全が脅かされている
・症状が悪化する方向に操作されている
といった、明確な危険性が伴う場合です。
Q2.熱心に看病する親ほど、疑うべきなのでしょうか?
これも誤解されやすい点です。
代理ミュンヒハウゼン症候群の加害者は、
「冷たい親」ではなく、
むしろ献身的で熱心な親に見えることが多いとされています。
ただし、それは「熱心だから危険」という意味ではありません。
重要なのは、
その看病や医療行為が
子どもの回復につながっているか、
それとも
症状を長引かせ、悪化させているか
という視点です。
Q3.代理ミュンヒハウゼン症候群は、母親に多いのですか?
統計上は、母親が加害者となるケースが多いとされています。
しかしそれは、
母親が主に養育を担う場面が多いこと、
医療機関への付き添いをする機会が多いこと、
といった社会的背景も大きく影響しています。
父親や祖父母、その他の養育者が
加害者となる可能性も、決してゼロではありません。
Q4.本人は「わざと」やっているのでしょうか?
多くの場合、
本人は「虐待している」「傷つけている」という認識を持っていません。
「子どものため」
「心配だから」
「見落とされたくない」
といった認識のもとで行動しており、
自分自身の心理的問題に気づいていないケースも少なくありません。
そのため、
単純に善悪で切り分けられる問題ではなく、
支援と治療の両方が必要とされます。
最後に…
代理ミュンヒハウゼン症候群は、特殊な虐待です。
事件が起きると大きな注目を集め、
センセーショナルに語られることも少なくありません。
しかし実際には、
「注目を集めたいだけの母親」という単純な話ではなく、
不安、孤独、自己価値の不安定さといった心理的問題が、
歪んだ形で表出した結果であることが多いのです。
母親は甲斐甲斐しく子どもの世話をします。
その姿は、一見すると「理想的な親」に見えることすらあります。
代理ミュンヒハウゼン症候群は非常に稀な症例ですが、
場合によっては、いつ死に至ってもおかしくない危険な状態です。
日本では、
約87%の確率で子どもを死に至らしめる可能性がある、
非常に深刻な問題であるとも言われています。
発見のきっかけは医療関係者であることが多いですが、
「こうした事例がある」という知識を持っているだけで、
どこかで感じた違和感に気づける可能性は高まります。
このテーマは、読む人の立場によって、
不安や怒り、疑念を呼び起こすことがあります。
だからこそ、誰かを決めつけるためではなく、
子どもの安全を考える視点を持つための知識として、
受け取ってもらえたらと思います。
知識は、使い方を誤れば刃にもなりますが、
正しく扱えば、誰かを守るための支えにもなります。



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