映画『口に関するアンケート』考察|杏は存在しなかった?怪異の正体とラストを読み解く

映画感想

桃奈がポスターに載っていたので、ハロプロ出身の勇姿を見届けるべく鑑賞してきました。

ただ、作品そのものについては、ホラー映画としてもミステリー映画としても少し中途半端だったかもしれません。つまらないわけではないのですが、「めちゃくちゃ面白かった!」とまではいかず、鑑賞後に残ったのは面白さ以上に大量の「結局あれは何だったの?」でした。

一方で、じわじわと恐怖を積み上げていく演出は好み。それぞれの人物の独白によって少しずつ事件の全貌が見えてくる構成も面白く、怪異のCGもかなり自然でした。いかにもCGという違和感が少なく、怪異が本当にそこにいるように見えたのは高評価です。

そして本作最大の特徴は、明確な「正解」を示さないこと。

ラストの解釈は観客側に委ねられます。

こういう作品は大好きなのですが、本作の場合は「どちらとも取れるように意図的に作られている」というより、考察するために必要なピースそのものが足りない印象もありました。

果たして杏の呪いだったのか。それとも、最初からそこにいた怪異に杏たちが巻き込まれただけなのか。

今回は、そのあたりを中心に考えてみます。

※以下、映画の重大なネタバレを含みます。

じわじわ怖いホラーとしては結構好き

本作は、大きな音で驚かせ続けるタイプのホラーではありません。

誰かの話を聞いているうちに「あれ?」という小さな違和感が生まれ、その違和感が別の人物の証言によって少しずつ形を持ち始める。

この見せ方はかなり好きでした。

特に、複数の人物による独白形式を採用したことで、観客は事件を直接目撃するというより、誰かの記憶を通して追体験することになります。

当然、記憶は完璧ではありません。

人によって見え方も違えば、覚えていることも違います。

つまり最初から、「今語られていることが100%事実だとは限らない」という不安定な状態に観客が置かれているんですよね。

ミステリーとの相性も良い構造でした。

だからこそ、最後にはもう少しそれぞれの証言が一本につながる気持ちよさが欲しかったところです。

結局、杏が怪異になって復讐したのか?

一番素直にストーリーを解釈するなら、やはり「杏が怪異になった」と考えるのが自然だと思います。

杏は呪いによって命を落とし、その後、首の長い怪異となって現れた。

怪異の異様に伸びた首についても、首吊りによる死を反映した姿だと考えれば納得できます。

ホラーでは、死者の最期の状態がそのまま幽霊の外見に反映されることがあります。

そう考えると、あの首は単純なクリーチャーデザインではなく、杏の死因を視覚的に示していることになります。

そして、自分を死へ追いやった人間たちへ復讐している。

ここまでなら、比較的分かりやすい怪談です。

……なのですが、問題はここから。

それなら、なぜ無関係な人たちまで巻き込まれているのでしょうか。

杏個人の怨念による復讐だとすると、被害者の選ばれ方がどうにも腑に落ちません。

復讐の対象として因果関係が薄すぎる人物まで被害を受けているため、「杏=怪異=復讐者」だけでは説明しきれないんですよね。

杏は最初から存在していなかった?

さらに厄介なのが防犯カメラです。

防犯カメラの映像を事実として受け取るのであれば、そもそも杏はそこに存在していなかったことになります。

これが本作最大の謎でした。

杏が実在する人物で、死亡後に怪異となったのであれば、当然それ以前の杏は現実世界に存在していなければなりません。

ところが、客観的な記録であるはずの防犯カメラがそれを否定する。

では、杏とは何者だったのでしょうか。

考えられるのは、杏自身が最初から怪異だったという可能性です。

つまり、

「人間の杏が死んで怪異になった」

のではなく、

「怪異が杏という人間の姿を取って現れていた」

という順序です。

そうすると防犯カメラに映っていなかったことには説明がつきます。

しかし今度は、行方不明者のビラなど別の描写との整合性が問題になります。

100歩譲って、怪異が人間の認識や記録そのものを書き換えられる存在なら説明できます。

でも、そこまで何でもありにしてしまうと、今度は考察そのものが成立しなくなるんですよね。

カフェにいた店員は誰だったのか

さらに分からないのが、2人がカフェで遭遇した店員です。

首の長い怪異が杏で、その姿が首吊りによるものだと考えると、あの店員の存在が宙に浮きます。

あれも同じ怪異だったのか。

別の怪異なのか。

それとも、そもそも「杏の怨霊」という考え方自体が間違っているのか。

ここから別の可能性が浮かびます。

怪異は杏個人ではなく、もっと以前から存在していたのではないか。

杏もまた、その怪異に巻き込まれた被害者の一人にすぎなかった。

この解釈なら、杏と直接関係のない人物が襲われることにもある程度説明がつきます。

つまり本作は「殺された女性が怨霊となって復讐する話」ではなく、人間の発した言葉を媒介として広がっていく怪異の話だったのかもしれません。

「呪い」と「怪異」は別物だった?

そう考えると、「呪いなのか、元々存在していた怪異なのか」という二択そのものが間違っている可能性もあります。

もともと怪異は存在している。

しかし、それが人間の発した言葉によって力を得たり、現実へ干渉したりする。

だとすると、怪異と呪いは別々のものではなく、

怪異=存在
言葉=発動条件

という関係なのかもしれません。

これなら本作がやたらと「口」や「言葉」にこだわる理由も分かります。

怪異そのものが恐ろしいのではなく、人間が何気なく口にした言葉が怪異に利用される。

だから、悪意がなくても危険なんですよね。

「口は災いの元」より「言霊」に近い

本作が最終的に伝えたいことは、タイトルから考えても「口は災いの元」なのだと思います。

ただ、個人的にはちょっと違和感がありました。

「口は災いの元」という言葉から想像するのは、余計なことを言った結果、その発言が原因で自分に不利益が返ってくることです。

失言して人間関係を壊した。

秘密を喋ってトラブルになった。

悪口を言って本人の耳に入った。

こうした、発言→人間関係や社会を介して災いが返ってくるという因果関係です。

しかし本作では、もっと直接的です。

口にしたことが、まるで世界へ命令したかのように現実になる。

だったら「口は災いの元」というより、むしろ言霊に近いのではないでしょうか。

言葉そのものに力が宿り、発した内容が現実へ影響する。

「そんなこと言わなきゃよかった」という日常的な後悔を、ホラーとして文字通り現実化した作品だと考えると面白いです。

なぜ「口」なのか

そしてタイトルにもある「口」。

人間にとって口は、内側にあるものを外の世界へ送り出す場所です。

頭の中でどれだけ酷いことを考えても、それだけなら他人には伝わりません。

しかし一度口にすれば、その言葉は自分のものではなくなります。

聞いた相手の記憶に残り、別の人へ伝わり、時には本人の意図とはまったく違う意味を持って広がっていく。

そう考えると、怪異というのは「一度発した言葉は取り消せない」という現象を可視化したものとも考えられます。

消したくても消せない。

なかったことにはできない。

そして、どこまで広がるのかもコントロールできない。

SNS時代にはかなり相性の良い恐怖でもあります。

「木」に「口」で「杏」

そして、「杏」という名前。

漢字を分解すると、

木+口=杏。

これはよく考えられているなと思いました。

ここまで「口」をテーマにした作品で、中心人物に「杏」という名前を与えている以上、偶然とは考えにくいです。

さらに「木」と「口」という組み合わせは、杏自身の死や怪異のビジュアルまで考えると不穏に見えてきます。

一文字の名前そのものに作品のテーマを埋め込んでいるのは好きな仕掛けでした。

……それにしても吉川愛ちゃんが可愛すぎる。

怪異になっても、なんか可愛い(笑)。

中村獅童は独白の音源をどこから手に入れた?

そして考察以前に、普通に気になったところ。

中村獅童は、あの独白の音源をどこから入手したのでしょうか。

本作は独白形式で物語が進んでいくので、鑑賞中は自然に受け入れてしまいます。

しかしラストまで観た後、「待って、これ誰が録音したの?」という疑問が出てきます。

もし音源が劇中世界に実在するものなら、誰が、いつ、何のために録音したのかという問題があります。

逆に独白が単なる映画的な演出なら、それを後半で劇中の存在として扱うことには違和感が残ります。

ここは考察で埋めるというより、もう少し情報が欲しかった部分でした。

柄本時生、ハマりすぎ問題

そして本作の隠れた最大の見どころ。

柄本時生さん。

こういう「普通にいそうなのに、何かがおかしい人」を演じさせた時のハマり方がすごい(笑)。

派手な怪異よりも、生身の人間が微妙にズレた言動をしている方が怖かったりします。

本作のじっとりした雰囲気とも非常に相性が良く、個人的には一番印象に残ったキャスティングでした。

アンケートから始まり、アンケートで観客を巻き込む構造

演出として特に好きだったのは、アンケートのアナウンスから始まるところとラストのまとめ方です。

それまでスクリーンの向こう側で起きていた怪異が、最後にこちら側へ一歩近づいてくる。

映画が終わった瞬間、本来なら観客は安全な現実世界へ戻れるはずです。

しかし「アンケート」という私たちにも身近な形式を使うことで、作品世界と現実世界の境界が曖昧になります。

「もしかして自分も参加者なのでは?」

と思わせる。

ホラー映画では時々使われる手法ですが、本作の場合はタイトルそのものが『口に関するアンケート』なので非常に相性が良かったです。

映画そのものが巨大なアンケートだったと考えることもできます。

登場人物たちの独白も、ある意味では「質問に対する回答」。

そして最後には、今度は観客が回答する側へ回される。

そう考えると、「それぞれの独白で進んでいく」という構成そのものがタイトルにつながっていたとも解釈できます。

ラストで正解を示さないことにも意味がある?

本作は結局、怪異の正体について明確な答えを出しません。

杏の怨霊なのか。

昔から存在する怪異なのか。

言葉によって生まれた存在なのか。

そもそも杏は存在していたのか。

正直、考察する側としては「もう少し材料ください!」と思います(笑)。

ただ、「アンケート」というタイトルから考えると、あえて答えを決めないこと自体が狙いだった可能性もあります。

アンケートには、一つの正解がありません。

同じものを見ても、人によって回答が違う。

だったらこの映画自体も、

「あなたは、何が起きたと思いましたか?」

と観客に尋ねるアンケートなのかもしれません。

そう考えれば、明確な答えを提示せずに終わることにも一応の意味が生まれます。

ただ個人的には、解釈を委ねる作品だからこそ、それぞれの説が成立するだけの材料はもう少し欲しかったかなと思います。

総評|面白くないわけではない。でも考察するにはピースが足りない

『口に関するアンケート』は、ホラーとしてもミステリーとしても、個人的には少し中途半端な印象が残る作品でした。

つまらなくはありません。

じわじわと迫ってくる恐怖、独白によって少しずつ情報を与える構成、違和感の少ない怪異のCG、アンケートから始まって観客を作品世界へ巻き込むラストなど、好きなところは結構あります。

一方で、杏の存在、防犯カメラ、首の長い怪異、カフェの店員、独白の音源など、重要そうな要素に対する説明がかなり少ない。

「答えは観客に委ねます」という作品は好きですが、考察するためには材料が必要です。

本作は、その材料まで意図的に隠しすぎたように感じました。

個人的には、杏が死後に復讐する単純な怨霊譚というより、もともと存在していた何らかの怪異が、人間の「口」から発せられた言葉を媒介として現実へ干渉する物語と考えるのが一番しっくりきます。

だから杏も被害者。

その後の人々も被害者。

誰か一人の恨みではなく、人間が不用意に発した言葉そのものが災いを連鎖させていく。

そう考えると、本作が描いていたのは「口は災いの元」よりも、もっと直接的で恐ろしい**“言霊ホラー”**だったのではないでしょうか。

そして一番の見どころは、柄本時生さんの圧倒的なハマり役感でした(笑)。

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