産んですぐに殺してしまう親――なぜ、そんなことが起きるのか

心理・考察

心理学から考える「出産直後の殺人」と社会ができること

「産んだばかりの赤ちゃんを殺してしまった」
このニュースを目にしたとき、多くの人は強い衝撃とともに、言葉にできない怒りや恐怖、そして拒否感を抱くでしょう。
「どうしてそんなことができるのか」「人として許されない」
そう感じるのは、自然な反応です。

しかし一方で、臨床心理学の視点から見ると、この出来事は“異常な個人の問題”だけでは説明しきれない現象でもあります。そこには、妊娠・出産という極限状態、脳やホルモンの急激な変化、孤立、未解決のトラウマ、そして社会構造の問題が複雑に絡み合っています。

この記事では、

  • なぜ「産んですぐに殺してしまう」という行為が起きるのか
  • どのような心理状態が背景にあるのか
  • それは「防げる出来事」なのか
    を、心理学的知見をもとに丁寧に考えていきます。

「理解すること」と「許すこと」は違う

まず最初に、はっきりさせておきたいことがあります。
理解しようとすることは、行為を正当化することではありません。

殺人は、どんな理由があっても重大な犯罪です。被害者である赤ちゃんの命が失われた事実は、決して軽く扱われてはいけません。それでも、なぜ起きたのかを理解しなければ、同じ悲劇は、形を変えて何度でも繰り返されてしまいます。心理学が果たす役割は、「責めること」ではなく、「再発を防ぐために何が必要だったのかを明らかにすること」です。

出産は「人生最大級の心理的ストレス」

出産は祝福される出来事として語られることが多い一方で、心理学的には極めて強いストレスイベントでもあります。

  • 身体的苦痛
  • 睡眠不足
  • ホルモンバランスの急激な変化
  • 生活の激変
  • 責任の重さへの恐怖

これらが一気に押し寄せるのが、出産直後です。特に、予期しない妊娠や、周囲に相談できない状況での出産では、心理的負荷は限界を超えやすくなります。

人間の脳は、強いストレス下では理性的な判断を司る前頭前野の働きが低下し、衝動的・短絡的な行動を取りやすくなります。つまり、「冷静に考えられる状態ではなかった」というケースは、決して珍しくありません。

産後うつと産後精神病の違い

出産後の精神的トラブルとして、よく知られているのが「産後うつ」です。

産後うつの特徴

  • 抑うつ気分
  • 強い不安や自己否定
  • 「母親失格だ」という感覚
  • 涙が止まらない
  • 育児への自信喪失

多くの場合、本人には病識(自分がおかしいと気づく力)があります。

一方で、より深刻なのが産後精神病です。

産後精神病の特徴

  • 妄想(赤ちゃんが悪魔に見える、危険な存在だと感じる)
  • 幻聴・幻覚
  • 現実検討能力の著しい低下
  • 強い混乱状態

この状態では、
「赤ちゃんを守るために殺す」
「この子をこの世界から救うために消す」
といった、歪んだ確信を持つことがあります。

本人にとっては、それが“正しい行為”に感じられてしまうのです。

「望まれない妊娠」がもたらす心理的孤立

産んですぐに殺してしまうケースの多くでは、妊娠そのものが強い孤立の中で起きていることが少なくありません。

  • パートナーに知られたくない
  • 家族に言えない
  • 経済的に育てられない
  • 社会的に非難される恐怖

こうした状況では、
妊娠=希望
ではなく、
妊娠=破滅
として知覚されます。

心理学ではこれを認知的トンネル視野と呼びます。
選択肢が極端に狭まり、「逃げ道が一つもない」と感じてしまう状態です。

「助けを求められない人」の心理

「なぜ誰にも相談しなかったのか」そう疑問に思う人は多いでしょう。

しかし、助けを求められない人には、共通した心理的背景があります。

  • 他人に頼ることが「弱さ」だと学習してきた
  • 過去に助けを求めて拒絶された経験がある
  • 自分の苦しさを言葉にする力が育っていない
  • 誰にも迷惑をかけてはいけないという強迫的信念

特に、幼少期に十分な養育的関わりを得られなかった人は、「困ったときに助けを求める」という基本的スキルが身についていないことがあります。

赤ちゃんは「現実」を突きつける存在になることがある

赤ちゃんは無垢な存在です。しかし心理的には、赤ちゃんは親にとって否応なく現実を突きつける存在でもあります。

  • 逃げられない責任
  • 自分の人生が変わるという事実
  • 未解決の過去(虐待、ネグレクト、喪失体験)の再活性化

赤ちゃんの泣き声や存在そのものが、過去のトラウマを呼び起こす引き金になることもあります。このとき、赤ちゃんは「赤ちゃん」ではなく、自分の苦しさを象徴する存在として知覚されてしまうことがあります。

「母性神話」が追い詰める

日本社会には、
「母親は無条件に子どもを愛するもの」
「産めば母になれる」
という強い母性神話があります。

しかし、この神話は、苦しんでいる母親ほど追い詰めます。

  • 愛せない自分は異常だ
  • 苦しいと思う私は母親失格だ
  • 誰にも言ってはいけない

こうして、孤立はさらに深まります。

それは「防げた事件」だったのか

多くの場合、答えはイエスです。

  • 妊娠期に相談先があれば
  • 出産前後に心理的サポートがあれば
  • 匿名でも助けを求められる仕組みがあれば

「殺す」という選択肢しか見えない状態に、追い込まれずに済んだ可能性は十分にあります。

社会ができること、私たちにできること

この問題は、個人の資質ではなく社会の責任でもあります。

  • 相談=恥ではない文化をつくる
  • 妊娠・出産を「メンタルヘルスの観点」から支える
  • 母親だけに責任を押しつけない
  • 「苦しい」と言える言葉を増やす

そして私たち一人ひとりが、ニュースを見たときに
「なぜこんなことをしたのか」だけで終わらせず、
「どこで助けられなかったのか」を考えることも、大切な一歩です。

おわりに

産んですぐに殺してしまう親の行為は、決して許されるものではありません。

それでも、その背景を理解し、同じ状況にいる誰かを救う視点を持つことは、亡くなった命を無駄にしないための、私たちにできる最低限の責任だと思います。

「母親になる前に、助けてと言えていたら」
「誰かが気づいていたら」

そうした“もしも”を、次は現実にするために、心理学の知見は存在しています。

※この記事は、心理学的視点からの考察を目的としたものであり、犯罪行為を正当化するものではありません。もし妊娠や出産、育児について強い不安や孤立を感じている方がいれば、専門機関や相談窓口につながることを強くおすすめします。

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