── 家族の形と子どもの心を心理学から考える
「片親で育った子どもは問題を起こしやすい」
この言葉を、どこかで聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
離婚家庭、ひとり親家庭に対して、社会には今もなお根強い偏見があります。
そしてその偏見は、時に親自身を苦しめ、子どもをさらに追い詰める原因にもなります。
本記事では、
・なぜ「片親=問題を起こす」と言われやすいのか
・両親が揃っていることは本当に“最善”なのか
・離婚や別居が、子どもに与える本当の影響
・片親家庭で育つ子どもを、どう支えていけばいいのか
これらを心理学・臨床現場の視点から、丁寧に紐解いていきます。
両親が揃っている家庭は「理想」なのか
一般的に、「父親役割」「母親役割」が両方機能している家庭は、子どもにとって安定しやすい
と言われることがあります。
たとえば、片方の親が子どもを叱ったとき、もう片方の親が慰める。このような感情の逃げ場がある環境は、子どもの心を守りやすいのは事実です。ただし、ここで重要なのは「父でなければならない」「母でなければならない」という話ではありません。叱る役割と、受け止める役割。この二つを、子どもが使い分けられる複数の大人がいるかどうかが本質です。それは、父と母、母と祖母、父と祖父、母と学校の先生であっても構いません。
また、状況によって叱る側と慰める側が入れ替わることも問題ありません。重要なのは「常に否定される」「逃げ場がない」状態を作らないことなのです。
両親が揃っていても「良い環境」とは限らない
「子どものために離婚しない方がいい」そう考え、苦しい夫婦関係を続けている親御さんは少なくありません。
「父のいない子にしたくない」「母のいない子にしたくない」「片親家庭にしたら可哀想」といった思いが、どれほど深く、切実なものか臨床現場で数多く見てきました。しかし、ここで一度立ち止まって考える必要があります。子どもは、親の感情や関係性を驚くほど敏感に感じ取っています。
・日常的な口論
・冷たい空気
・怒鳴り声
・物に当たる音
・無言の緊張
たとえ子どもに直接暴言や暴力が向けられていなくても、これらはすべて、子どもにとって強いストレスです。
面前DV・面前夫婦喧嘩は「心理的虐待」
近年、子どもの前での夫婦喧嘩や暴力は「心理的虐待」にあたるという認識が広く共有されるようになってきました。子どもは「自分のせいで喧嘩しているのではないか」「次は自分が怒られるのではないか」という不安を常に抱えるようになります。さらに、研究では慢性的な家庭内ストレスが、子どもの脳の発達に影響を及ぼすことも示されています。感情調整を司る部位が過剰に緊張状態に置かれ続けることで、
・不安が強くなる
・衝動的になる
・感情の切り替えが苦手になる
といった特性が現れやすくなります。これらは、「性格の問題」ではなく環境への適応反応です。
片親になった方が良い場合もある
激しいDVや、慢性的な精神的暴力がある家庭では、「両親が揃っていること」よりも「安全と安心」が優先されるべきです。
養育する親自身が
・安心して眠れる
・感情を抑え込まずに過ごせる
・子どもに向き合う余裕を持てる
この状態を取り戻すことは、子どもの発達にとっても極めて重要です。子どもから「ママがいないとヤダ」「パパと離れたくない」と言われることもあります。しかし、これは「今の環境を変える不安」への反応であり、必ずしも「今の環境が良い」という意味ではありません。第三者として、専門家として見ると、分離した方が子どもが安定するケースは、決して少なくありません。
親が離婚すると、子どもも将来離婚しやすくなる?
「親が離婚すると、子どもの離婚率も上がる」これは、研究でも一定の関連が示されています。実際、現場でも何世代にもわたって離婚が続いている家庭を目にすることがあります。
では、なぜなのでしょうか。
夫婦関係のモデルが少なくなる
子どもは、「夫婦とはこういうもの」というイメージを、親の関係性から学びます。
・話し合いで問題を解決する
・感情を言葉で伝える
・衝突しても修復できる
こうした経験が乏しいと、大人になったときに関係を維持するスキルを学びにくくなります。
離婚への心理的ハードルが下がる
身近に離婚経験者がいると、離婚は「異常なこと」ではなくなります。これは必ずしも悪いことではありません。無理に我慢し続ける関係から抜け出す力になる場合もあります。重要なのは「どう別れ、どう関係を整理したか」というプロセスです。
片親で子どもを育てるということ
どんな人でも、日常の中で周囲と自分を比べてしまうものです。そして「持っていないもの」を持つ人を見て「可哀想」と感じてしまうことも、ある意味自然な反応です。しかし、可哀想かどうかを決めるのは、家族の形ではありません。
確かに、片親家庭では
・金銭的支援
・時間的余裕
・養育者の負担
といった点で、支援が必要になることがあります。それは行政支援や学校の理解かもしれないし、地域の大人の関わりかもしれません。重要なのは「足りない部分を、どこでどう補うか」を親子だけで抱え込まないことです。
子どもにとって本当に大切なもの
子どもが健やかに育つために必要なのは、「完璧な家庭」ではありません。
・安心して甘えられる大人がいる
・失敗しても見捨てられないという感覚
・自分の気持ちを表現しても大丈夫という経験
これらが、子どもの心の土台を作ります。片親であっても両親が揃っていなくてもこの土台は、十分に育てることができます。
心理学研究結果から見る問題
「片親で育った子どもは問題を起こしやすい」という言説は、一部の統計データが背景要因を切り離したまま引用されてきた結果とも言えます。実際の発達研究・臨床研究では、家庭の構成そのものよりも、家庭内のストレス環境が子どもに与える影響の方がはるかに大きいという結果が繰り返し示されています。
家族構成よりも「家庭内ストレス」が影響する
アメリカの発達心理学者 ジェイ・ベルスキー(Jay Belsky)は、子どもの問題行動や情緒不安定の要因として、家族構成や親の婚姻状態よりも、
- 親の精神的健康
- 養育の安定性
- 慢性的なストレス環境
が重要であることを指摘しています(Belsky, The Determinants of Parenting, 1984)。この研究は、「両親が揃っていても、ストレスが高い環境はリスクになる」ことを示唆しています。
面前DV・夫婦葛藤と子どもの脳発達
家庭内の激しい葛藤や面前DVが、子どもの脳発達に影響を与えることは、神経科学の分野でも報告されています。例えば、マーティン・タイヒャー(Martin H. Teicher)らの研究では、慢性的な家庭内ストレスを経験した子どもは、
- 感情調整に関わる脳領域
- ストレス反応系
に機能的・構造的な違いが見られることが示されています(Teicher et al., Childhood maltreatment and brain structure, 2016)。重要なのは、これは「障害」や「欠損」ではなく、危険な環境に適応するための反応であるという点です。
離婚そのものより「離婚前後の環境」が影響する
「親の離婚が子どもに悪影響を与える」という研究は存在しますが、その多くは離婚前後の環境要因を含んでいます。イギリスの発達心理学者 マイケル・ラター(Michael Rutter)は、子どもの発達に影響を与える要因として、
- 離婚前の夫婦間葛藤
- 離婚後の親の抑うつ
- 経済的不安定
が強く関連していることを示しました。(Rutter, Stress, coping and development, 1981)。つまり、「離婚したかどうか」ではなく「どのような環境が続いていたか」が重要なのです。
親の離婚と子どもの将来の離婚率について
親の離婚と、子どもの将来の離婚率の関連については、社会学・心理学の分野で多くの研究があります。例えば、ポール・アマト(Paul R. Amato)は、親の離婚経験が子どもの将来のパートナー関係に影響する可能性を示しつつも、親が対立をどう扱っていたかや、離婚後の親子関係の質が大きな調整要因であることを指摘しています(Amato, Children of Divorce in the 1990s, 2001)。
外部支援がリスクを下げるという一貫した結果
多くの研究で共通しているのは、外部支援の存在が子どもの予後を大きく改善するという点です。
- 学校との連携
- 親以外の安定した大人の存在
- 経済的・心理的支援
これらが機能している家庭では、片親家庭であること自体が問題行動の直接要因になることは、ほとんどありません。
「片親=リスク」という見方をどう扱うか
教育・福祉の現場では、「片親だから問題が起きているのではないか」という見方が、無意識のうちに共有されてしまうことがあります。しかし、実務の視点では家族構成を“原因”として扱うことは、支援を難しくする場合が少なくありません。
見るべきポイントは「家庭の形」ではない
現場で注目すべきなのは、
- 子どもが安心して感情を出せているか
- 養育者が孤立していないか
- 支援資源につながっているか
です。
「片親だから」ではなく、「どんな環境で、どれくらいの負荷がかかっているか」という視点で整理することで、支援の方向性が明確になります。
支援者ができる具体的な関わり
教育・福祉職としてできる支援は、必ずしも大きな介入である必要はありません。
- 子どもにとっての「安心できる大人」になる
- 親のしんどさを評価せずに受け止める
- 必要な制度・支援を“つなぐ”役割を担う
これだけでも、子どもの環境は大きく変わります。
「頑張っている親」を孤立させない
片親家庭の多くは、すでに十分すぎるほど頑張っています。「もっと頑張って」ではなく、「もう十分頑張っていますね」という視点を持つこと。それが、支援者としての最も重要な姿勢だと言えるでしょう。
おわりに
「片親で育った子どもは問題を起こす」
この言葉は、原因と結果を取り違えた、非常に乱暴な表現です。
問題行動の背景には
・慢性的なストレス
・安心感の欠如
・支援不足
があることがほとんどです。
研究と臨床の知見が示しているのは、子どもにとってのリスクは「片親であること」ではなく、「孤立した環境」であるという事実です。家族の形ではなく、環境の質と支援の有無に目を向けること。それが、子どもを守り、親を孤立させない社会につながると、私は考えています。



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