──その背景と、子どもに本当に必要な支援を考える
「うちの子は、普通級でやっていけます」
「特別支援学級は、できるだけ避けたいんです」
教育や子育ての現場にいると、こうした言葉を耳にする機会は決して少なくありません。発達に特性があっても、学習面や対人関係で困りごとが見えていても、親が強く「普通級」にこだわるケースは多く存在します。
この記事では、「普通級にこだわる親」を単に否定するのではなく、なぜそう思ってしまうのか、その心理的背景を丁寧にひもときながら、子どもにとって本当に大切な視点とは何かを考えていきます。
普通級にこだわる親は「悪い親」なのか
結論から言えば、普通級にこだわる親=問題のある親ではありません。
むしろ多くの場合、その背景には愛情・不安・責任感が複雑に絡み合っています。
親は常に、「この選択が、子どもの将来にどう影響するのか」を考え続けています。
特別支援学級や通級指導教室を選ぶことが、
・子どもの可能性を狭めるのではないか
・レッテルを貼ることになるのではないか
・将来の進学や就職に不利になるのではないか
そうした思いが、親の中で膨らんでいくのは自然なことです。
「普通級=普通の人生」という無意識の前提
多くの親が無意識のうちに持っているのが、
普通級 → 普通の進学 → 普通の就職 → 普通の人生
という一本のレールです。
この価値観自体は、決して珍しいものではありません。むしろ日本社会では、「みんなと同じ」「平均から外れない」ことが長く安心材料として扱われてきました。
そのため、「特別支援」という言葉に触れた瞬間、親の頭の中では“普通の人生から外れてしまう”イメージが一気に立ち上がることがあります。
これは、子どもを見下しているからではありません。社会の中で生きていく厳しさを、親自身が知っているからこそ起こる反応なのです。
親自身の「傷ついた経験」が影響していることもある
普通級にこだわる親の中には、自分自身の過去の体験が強く影響しているケースも少なくありません。
たとえば、
- 兄弟やクラスメイトと比べられてつらかった経験
- 「できない子」と言われて傷ついた記憶
- 努力しても評価されなかった過去
こうした体験を持つ親ほど、「せめてこの子には、同じ思いをさせたくない」「特別扱いされて、傷ついてほしくない」という気持ちを強く抱きやすくなります。その結果、“普通級にいること=守ること”という構図が、親の中で出来上がっていくのです。
「障害」という言葉への抵抗感
もう一つ大きな要因が、「障害」「支援」という言葉そのものへの抵抗感です。発達障害という言葉は、医学的・心理学的には中立な概念ですが、社会的には今なお、「できない」「劣っている」「一生治らない」といったネガティブなイメージと結びつきがちです。
そのため親は、
- まだ小さいのに、そんなふうに決めつけられたくない
- 診断や支援が、子どもの可能性を奪うのではないか
という不安を強く感じます。
特に、知的な遅れがない場合や、家では問題なく過ごせている場合ほど、「そこまでしなくても…」という気持ちが強くなりやすい傾向があります。
「普通級にいる=成長できる」という期待
普通級にこだわる理由としてよく聞かれるのが、
- 周りの子にもまれた方が成長する
- 甘やかされずに済む
- 社会性が身につく
といった考えです。
確かに、環境が人を育てる側面はあります。
ただし重要なのは、「負荷が適切であるかどうか」です。
大人でも、
・難しすぎる仕事
・失敗体験ばかりの環境
・常に怒られる場所
では、成長よりも先に心がすり減っていくでしょう。
子どもも同じです。「普通級で頑張ること」が、本人にとって挑戦なのか、消耗なのかを見極める必要があります。
子どもが抱えやすい“見えない負担”
普通級に在籍する発達特性のある子どもは、外からは分かりにくい負担を日常的に抱えています。
たとえば、
- 授業のスピードについていくために、常に全力
- 周囲に合わせようとして、強い緊張状態が続く
- 「わからない」「困っている」と言えない
こうした状態が続くと、家では癇癪が増えたり、極端に疲れ切った様子を見せたりすることがあります。親からすると、「家では元気なのに、学校では問題があると言われる」と感じることも多く、そこがまた判断を難しくする要因になります。
親が見落としやすい「自己肯定感」の問題
普通級にこだわることで、子どもの自己肯定感が静かに下がっていくケースもあります。
- 何をしても周りより遅い
- 叱られる回数が多い
- 頑張っても評価されにくい
こうした経験が積み重なると、子どもは次第に、
自分はダメな人間なんだ
どうせ頑張っても無理
という感覚を内面化していきます。
これは、学力以上に長期的な影響を及ぼす問題です。自己肯定感の低下は、不登校、二次障害、抑うつ、不安症状などにつながることもあります。
「普通級か、特別支援か」という二択思考の危うさ
よくある誤解が、普通級か特別支援学級か、どちらかしかないという考え方です。
実際には、
- 普通級+通級指導
- 教科によって環境を使い分ける
- 一時的に支援を厚くする
など、柔軟な選択肢が存在します。
大切なのは、「今、この子にとって、どの環境が一番学びやすいか」を定期的に見直すことです。進路は、一度決めたら終わりではありません。成長とともに、環境を調整していくことができます。
親の「不安」を否定しないことが第一歩
支援の話を進める上で最も大切なのは、親の不安や抵抗感を頭ごなしに否定しないことです。
親が普通級にこだわるとき、
その奥には必ず、
- 子どもを守りたい
- 失敗させたくない
- 後悔したくない
という切実な思いがあります。
その気持ちを受け止めずに、
「それは間違っています」
「専門家の言う通りにしてください」
と伝えても、対話は進みません。
本当に見るべきなのは「所属」ではなく「状態」
最後に強調したいのは、普通級かどうかよりも、子どもがどんな状態で毎日を過ごしているかです。
- 朝、学校に行くときの表情
- 授業後の疲労感
- 失敗したときの受け止め方
- 「楽しい」と感じる瞬間があるか
これらを丁寧に見ていくことで、環境が合っているかどうかは、少しずつ見えてきます。
まとめ:選択は「親の価値」ではなく「子どもの安心感」から
普通級にこだわる親の背景には、愛情、恐れ、社会への不安、過去の経験が複雑に絡んでいます。
だからこそ、必要なのは「正解を押しつけること」ではなく、子どもが安心して学び、失敗し、回復できる場所を一緒に探すことです。
普通級であっても、特別支援であっても、それは優劣ではなく、環境の違いに過ぎません。大切なのは、子どもが「自分はここにいていい」と思えること。その感覚こそが、将来を支える一番の土台になります。



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