新しい年度が始まりました。
この春、お子さんも親御さんも、それぞれに期待や不安を胸に抱きながら進学・進級を迎えられたことと思います。新しいクラス、新しい先生、新しい人間関係。環境が大きく変化するこの時期は、子どもにとっても大人にとっても、心身に負荷がかかりやすい時期です。
「新しい環境でうまくやっていけるだろうか」
「今年こそは楽しく学校に通ってほしい」
そんな思いを抱いて送り出したにもかかわらず、朝になると起きられなくなる、体調不良を訴える、学校の話題を避けるようになる――。
不登校は、多くの場合、親御さんの想定よりも突然始まります。
そして、不登校という出来事は、子どもだけでなく親御さんの心にも大きな揺さぶりを与えます。
「自分の育て方が悪かったのではないか」
「もっと早く気づいてあげられたのではないか」
「このまま将来はどうなってしまうのだろう」
このような不安や自責の念を抱くのは、ごく自然な反応です。本記事では、不登校という状態を心理的にどう捉えるのかを整理しながら、親ができる関わり方について考えていきます。
不登校になる可能性は誰にでもある
子どもが不登校になったとき、まず最初に大切にしていただきたい視点があります。
それは、不登校は特別な子どもだけがなるものではないということです。
成績が良い子、友達が多い子、真面目な子、周囲から「問題がない」と見られている子であっても、不登校になる可能性はあります。不登校は性格や努力の問題ではなく、環境との相互作用の中で起こる状態です。
不登校という言葉から、「登校を拒否している」「怠けている」「精神的に弱い」といったイメージを抱かれることがありますが、心理的な観点から見ると、これらは正確ではありません。
不登校は、
・精神疾患そのものではなく
・意図的な反抗行動でもなく
・親の育て方だけで説明できるものでもありません。
むしろ、不登校とは子どもが自分自身を守るために選んだ防衛反応と捉えることができます。
学校という環境の中で、心や体が限界を迎えたとき、子どもは「行かない」という選択によってブレーキをかけます。一見すると後ろ向きな行動に見えるかもしれませんが、心理的には「これ以上無理をしないための適応行動」です。
外から見ると、家で何もしていないように見える時期もあるでしょう。しかしその内側では、これまで積み重なってきた疲労や緊張を回復させ、自分を立て直すための重要なプロセスが進んでいます。この時期は、心理的な意味での「脱皮」の過程とも言えます。
不登校とは、「一時的に学校に通っていない状態」です。
この「一時的」という言葉には、今の状態が未来まで固定されるわけではないという重要な意味が含まれています。

どうして行けないのか、わからない子もいる
子どもが不登校になったとき、多くの親御さんがまず直面するのが、「理由が分からない」という戸惑いです。
親としては、何が起きているのかを把握し、原因を取り除きたいと考えるのは自然なことです。しかし、不登校の臨床現場では、子ども自身が「どうして学校に行けないのか分からない」と答えるケースは決して珍しくありません。
この「分からない」という言葉は、嘘でもごまかしでもありません。多くの場合、子どもの内面では複数の要因が絡み合い、言葉にできる形に整理されていない状態が起きています。大人であっても、「なんとなくつらい」「理由は説明できないけれど無理だと感じる」という経験はあるはずです。子どもにとって、それを言語化することはさらに難しい作業になります。
特に真面目で我慢強い子どもほど、自分の不調を「気のせい」「これくらい普通」と受け止め、限界まで耐え続けます。その結果、ある日突然、朝起きられなくなる、体が動かなくなるといった形で表面化することがあります。これは突発的に起きた問題ではなく、長期間にわたって積み重なってきた心理的負荷が、ある一点で限界を超えた結果です。
言葉にならないストレスは、しばしば身体症状として現れます。朝になると腹痛や頭痛が起きる、微熱が続く、吐き気がする、起き上がろうとすると強い倦怠感に襲われるなどの症状は、医学的な異常が見つからない場合でも、心理的には非常に重要なサインです。これは「学校に行きたくないから具合が悪くなる」のではなく、「心がこれ以上無理をしないよう、体がブレーキをかけている状態」と理解する必要があります。
親御さんの中には、「原因を見つけて解決すれば、また学校に行けるのではないか」と考える方も多いでしょう。しかし、不登校は単純な因果関係で説明できるものではありません。仮に、友人関係のトラブルや先生との行き違いといった“きっかけ”が解消されたとしても、それだけで登校が再開できるとは限らないのです。
その理由の一つは、不登校が「出来事」ではなく「感情の記憶」と結びついている点にあります。学校という空間自体が、「つらかった」「苦しかった」「逃げ場がなかった」という感覚と結びついてしまうと、理屈では安全だと分かっていても、体や心が拒否反応を示します。これは意志の弱さではなく、条件づけられた反応です。
また、子ども自身が「理由を話さない」ことを選んでいる場合もあります。親を心配させたくない、家庭の雰囲気を壊したくない、自分が原因で周囲が困るのが怖い。こうした思いから、あえて「分からない」「大丈夫」と答える子どももいます。その沈黙は、親への不信ではなく、むしろ親を守ろうとする行動であることも少なくありません。
だからこそ、親御さんに求められるのは、「理由を聞き出すこと」ではなく、「理由が分からない状態を受け止めること」です。理由が語られないからといって、回復が進まないわけではありません。安心できる環境の中で時間をかけて心が整っていくことで、後から言葉が出てくることも多いのです。
「どうして行けないのか分からない」という状態そのものが、回復のスタート地点である場合もあります。その段階では、無理に理解しようとするよりも、「今は言葉にならないほど、しんどい状態なんだ」と受け止めることが、子どもの心を支える大きな力になります。
不登校になる主な背景要因
不登校の理由を一つに特定しようとすると、かえって本質を見失うことがあります。なぜなら、多くの場合、不登校は単一の出来事によって引き起こされるものではなく、いくつもの要因が時間をかけて重なり合った結果として表れる状態だからです。
臨床の現場では、「きっかけ」と「背景」を分けて考えることが重要だとされています。きっかけは、ある日突然表面化する出来事ですが、背景にはその前から蓄積されてきた心理的・環境的負荷が存在しています。不登校を理解するためには、この背景部分に丁寧に目を向ける必要があります。
学習面でのつまずき
まず挙げられるのが、学習面でのつまずきです。
授業の内容が分からない状態が続くと、子どもは単に「勉強が苦手」というだけでなく、「自分は劣っている」「みんなと同じようにできない」という自己評価の低下を経験します。
特に学校という場では、「分からないこと」を分からないままにしておくことが難しく、授業は次々と進んでいきます。質問できない、助けを求められないまま取り残される感覚は、子どもにとって強い孤立感につながります。
この状態が続くと、学校は「学ぶ場所」ではなく、「できない自分をさらされる場所」へと変わっていきます。その結果、教室に入ること自体が苦痛になり、欠席が増えていくことがあります。
重要なのは、学習のつまずきそのものよりも、それによって生じる自己否定感や恥の感情です。後から学力が追いついたとしても、この感情が解消されていなければ、学校に戻ることは簡単ではありません。
友人関係の問題
次に多いのが、友人関係のトラブルです。
いじめのように明確な被害がなくても、ちょっとした言葉の行き違いや、グループ内での居心地の悪さが積み重なることで、学校に対する不安感が強まることがあります。
子どもにとって学校は、人間関係の密度が非常に高い空間です。毎日同じメンバーと長時間過ごす中で、一度生じた緊張や不安は簡単には解消されません。たとえ表面的には仲直りが成立したとしても、心の中に残った警戒心が、登校を妨げる要因になることがあります。
また、「誰にも相談できないまま我慢していた」というケースも少なくありません。周囲からは友達関係が順調に見えていても、本人は常に気を張り続けていた、ということもあります。
先生との関係
先生との関係も、不登校の背景要因として重要です。
一度でも「分かってもらえなかった」「理不尽に扱われた」と感じた経験は、子どもの心に強く残ります。
特に感受性の高い子どもほど、教師の何気ない言動を「否定された」「見捨てられた」と受け止めてしまうことがあります。その体験が、「先生=信用できない存在」として一般化されると、学校全体への不信感につながることもあります。
進級や異動によって教師が変われば解決する場合もありますが、心に残った恐怖や不安が十分に癒されていないと、新しい先生に対しても同じ警戒心を抱いてしまうことがあります。
学校という仕組みとの相性
最後に、学校という仕組みそのものが、子どもの特性と合っていない場合があります。
一斉授業、集団行動、時間管理、評価制度。これらは多くの子どもにとっては問題なく機能しますが、全ての子どもにとって最適とは限りません。
集団の中で常に周囲に合わせることが求められる環境は、特性によっては大きな負担になります。「みんなと同じようにできない自分」を意識し続けることが、心を疲弊させていくのです。

不登校になる前にできること
ここまで、不登校は誰にでも起こり得る状態であり、単一の原因で説明できるものではないことを見てきました。では、子どもが不登校になる前に、親としてできることは本当に何もないのでしょうか。
結論から言えば、不登校そのものを完全に防ぐことはできません。しかし、不登校になったときに回復しやすくするための「土台」を整えておくことは可能です。ここで重要なのは、「学校に行かせ続けるための対策」ではなく、「行けなくなったときに子どもが孤立しないための備え」という視点です。
学校以外の居場所を持っておくことの意味
まず一つ目に大切なのは、学校以外の居場所をあらかじめ持っておくことです。
学校が生活の中心になっている場合、そこが苦しくなった瞬間、子どもは「世界そのものを失った」ような感覚に陥ります。
「学校に行けない=どこにも属せない」
「学校に行けない自分は、何者でもない」
こうした極端な認識に引きずられやすくなるのです。
一方で、学校以外にも「自分がいていい場所」がある子どもは、心理的な逃げ道を持つことができます。習い事、地域の活動、オンラインのコミュニティ、少人数の集まりなど、形は問いません。重要なのは、「成果」や「上手さ」ではなく、そこにいても否定されない経験です。
居場所が複数あるということは、自己評価の支えが一つに集中しないということでもあります。仮に学校でうまくいかないことがあっても、「学校がすべてではない」という感覚を持ちやすくなります。この感覚は、不登校に陥った際の回復力に大きく影響します。
「相談できる人」が親だけにならないこと
二つ目に重要なのは、親以外に相談できる大人の存在を持っておくことです。
思春期に入ると、子どもは心理的に親から距離を取ろうとします。これは反抗や拒絶ではなく、成長過程として自然な現象です。そのため、「何でも親に話せる関係を作ろう」と親が努力すればするほど、子どもがかえって黙り込んでしまうこともあります。
このとき、親以外の信頼できる大人がいるかどうかは、非常に大きな意味を持ちます。学校の先生、スクールカウンセラー、習い事の指導者、親戚、地域の大人など、立場は問いません。重要なのは、「評価されずに話を聞いてもらえる相手」であることです。
子どもは、親には言えない本音を第三者には話せることがあります。それは、親を信頼していないからではなく、「親を心配させたくない」「親の期待を裏切りたくない」という思いがあるからです。その逃げ道を奪わないことが、結果的に親子関係を守ることにもつながります。
日常的な関わりの中でできること
不登校になる前の段階では、日常的な関わり方も重要です。
例えば、「学校は楽しい?」と聞くよりも、「今日はどんな一日だった?」と尋ねる方が、子どもは答えやすいことがあります。評価や結論を求める質問よりも、出来事をそのまま語れる余白を作ることが大切です。
また、子どもが愚痴や不満を口にしたとき、それをすぐに解決しようとしない姿勢も重要です。
「それは先生が悪いね」
「こうすればうまくいくよ」
と助言したくなる場面でも、まずは「そう感じたんだね」と受け止めることが、安心感につながります。
不登校の予兆は、必ずしも分かりやすい形で現れるわけではありません。しかし、日常の中で「無理をしていないか」「我慢しすぎていないか」に目を向けることは、子どもが限界に達する前に立ち止まるきっかけを作ります。
「頑張らせすぎない」環境づくり
現代の子どもたちは、学習面でも人間関係でも、多くの「頑張り」を求められています。その中で、「頑張らない自分」を許される場所がないと、心は少しずつ追い詰められていきます。
家庭が、結果や成績ではなく、存在そのものが肯定される場所であること。これは、不登校を防ぐためというよりも、子どもが長い人生を生きていく上で不可欠な基盤です。
親ができること
お子さんが不登校になったとき、親御さんがまず考えるのは「何をすればよいのか」「どうすれば元に戻れるのか」ということではないでしょうか。学校との連絡、将来への不安、周囲の目。現実的な問題が一気に押し寄せ、気持ちが追いつかなくなる方も少なくありません。
しかし、心理的な回復という観点から見ると、親が最初に担う役割は「問題を解決すること」ではありません。
子どもが安心して立ち止まれる環境を守ること、これが最も重要な役割になります。
「学校に行かせること」を目標にしすぎない
不登校になると、どうしても「いつ学校に戻れるのか」「このまま行けなくなったらどうしよう」という思考に引きずられがちです。親としては当然の不安ですが、ここで注意したいのは、「学校に行くこと」そのものを短期的な目標に設定しすぎないことです。
子どもが不登校になっている時点で、心と体はすでに限界に近い状態にあります。その状態で「行くこと」をゴールにしてしまうと、子どもは「休んでいる今の自分は未完成」「早く元に戻らなければならない存在」と感じてしまいます。
心理的な回復は、「止まること」を許されるところから始まります。
「今は行けなくてもいい」
「今の状態でも大丈夫」
このメッセージを、言葉だけでなく態度で示し続けることが、回復の土台になります。
子どもはすでに十分、自分を責めている
不登校の子どもは、親が想像している以上に自分を責めています。
「普通に行けない自分はダメだ」
「親に迷惑をかけている」
「みんなはできているのに、自分だけできない」
こうした思考が頭の中を占めているため、親からの何気ない言葉でさえ、「責められた」「期待に応えられていない」と感じてしまうことがあります。
そのため、親が「頑張らせよう」「前向きにさせよう」とするほど、子どもは追い詰められてしまうことがあります。励ましが逆効果になるのは、子どもの中にすでに十分なプレッシャーが存在しているからです。
親ができることは、これ以上プレッシャーを増やさないことです。
評価や結果ではなく、存在そのものを肯定する関わりが、子どもの自己否定を少しずつ和らげていきます。
生活リズムよりも「安心感」を優先する
不登校になると、「生活リズムを整えなければ」「昼夜逆転を直さなければ」と焦る親御さんも多くいらっしゃいます。もちろん、生活リズムは長期的には大切な要素です。
しかし、回復の初期段階においては、リズムよりも安心感のほうが優先されます。無理に朝起こしたり、規則正しさを強要したりすると、「休むことすら許されない」という感覚を強めてしまうことがあります。
心が回復し始めると、自然と体も外のリズムに近づいていきます。逆に、安心できない環境では、どれだけ正しい生活習慣を与えても定着しません。
親自身が「揺れていい」と知ること
不登校の子どもを支える中で、親御さん自身の感情も大きく揺れ動きます。
落ち着いて受け止められる日もあれば、不安や焦りが強くなる日もあるでしょう。
「親なのだから、動じてはいけない」
「弱音を見せてはいけない」
そう思い込む必要はありません。親も一人の人間です。揺れたり、迷ったりするのは当然のことです。
大切なのは、その不安を子どもにぶつけないこと、そして一人で抱え込まないことです。親が相談できる相手を持つことは、子どもを支える力を長く保つために不可欠です。
「何もしないこと」も、立派な関わり
不登校の時期は、「何かしなければならない」という焦りが強くなります。しかし、心理的な回復の過程では、「何もしないこと」が最も有効な関わりになる場面も少なくありません。
子どもがゲームをしている、ぼんやり過ごしている、一見無意味に見える時間。それらは、消耗した心がエネルギーを回復させている時間でもあります。
親がそばで日常を淡々と回し、「あなたはここにいていい」という空気を保ち続けること。それ自体が、非常に大きな支えになります。
親がやってしまいがちなNG対応
不登校の初期段階において、親御さんは強い不安と焦りの中に置かれます。
「何とかしなければならない」
「このままでは取り返しがつかなくなるのではないか」
そうした思いから、善意で取った行動が、結果的に子どもの回復を遠ざけてしまうことがあります。
ここでは、臨床の現場でよく見られる「やってしまいがちな対応」と、その心理的な影響について整理していきます。
理由を繰り返し問いただすこと
最も多く見られるのが、「どうして行けないの?」「何があったの?」と理由を繰り返し聞いてしまう対応です。
親としては状況を理解したい、解決の糸口を見つけたいという思いから出る行動ですが、子どもにとっては大きな負担になります。
前述したように、不登校の子どもは自分でも理由をうまく言語化できていないことが多くあります。その状態で問いかけを繰り返されると、「答えられない自分が悪い」「分からないと言ってはいけない」と感じ、ますます口を閉ざしてしまいます。
理由を聞き出すことよりも、「今は言葉にならないほどしんどい状態なんだ」と理解する姿勢の方が、子どもの安心につながります。
将来の不安を強調してしまうこと
「このままで高校はどうするの?」
「将来、困ることになるよ」
こうした言葉も、親としては現実的な心配から出てくるものです。しかし、不登校の子どもにとって、将来の話題は非常に重いプレッシャーになります。
子どもはすでに「今できていない自分」に苦しんでいます。その状態で将来の不安を突きつけられると、「自分は失敗している存在だ」という感覚が強まり、回復への意欲を失いやすくなります。
回復の初期段階では、将来よりも「今日をどう安全に過ごすか」が優先されます。
他の子どもと比較すること
兄弟姉妹、クラスメイト、親戚の子どもなどと比べてしまうことも、よく見られる対応です。
「お兄ちゃんはちゃんと行っていたのに」
「同じ年の子はみんな頑張っている」
こうした比較は、子どもに「自分は劣っている」「愛される条件を満たしていない」という感覚を与えやすくなります。
比較は、親の中の不安を解消するための行為であることが多く、子どもを励ます効果はほとんどありません。
「休めていいね」と軽く扱ってしまうこと
意外に見落とされがちなのが、「休めていいね」「家でいられて楽だね」といった軽い言葉です。
冗談や場を和ませるつもりで言った一言でも、子どもには「つらさを理解してもらえていない」と感じられることがあります。
不登校の子どもにとって、家で過ごす時間は決して楽なものではありません。強い罪悪感や自己否定を抱えながら、必死に日々をやり過ごしています。その苦しさが軽視されると、孤立感はさらに深まります。
親の感情をそのままぶつけてしまうこと
不安や焦りが強くなると、感情的に叱ったり、涙を見せたりしてしまうこともあります。
「どうしてこんなことになったの」
「私はどうすればいいの」
親の感情があふれること自体が悪いわけではありませんが、それを子どもに直接ぶつけてしまうと、子どもは「自分が親を苦しめている」と感じやすくなります。
その結果、子どもは本音を隠し、「これ以上心配をかけないように」と自分の気持ちを抑え込んでしまいます。
NG対応の本質は「安心を奪うこと」
これらの対応に共通しているのは、親の不安や焦りが前面に出ることで、子どもから「安心して立ち止まる権利」を奪ってしまう点です。
不登校の回復において最も重要なのは、「ここにいても大丈夫」「急がなくていい」という感覚です。その感覚が損なわれると、子どもは回復する力を発揮できなくなります。
親御さん自身が「やってしまった」と感じる対応があったとしても、必要以上に自分を責める必要はありません。気づいた時点で立ち止まり、関わり方を調整していくことができます。

不登校から回復していくプロセス
不登校の回復について考えるとき、親御さんが最も不安を感じやすいのが「この状態はいつまで続くのか」「ちゃんと良くなっていくのか」という点ではないでしょうか。
しかし、不登校の回復は一直線に進むものではなく、明確な期限やゴールが設定できるものでもありません。
心理的な回復を理解するためには、「今どの段階にいるのか」というプロセスの視点を持つことがとても重要です。ここでは、臨床現場でよく見られる回復の流れを、段階ごとに整理していきます。
第1段階:完全休息期
不登校が始まった直後、多くの子どもは心身ともに大きく消耗しています。この段階では、学校に行けないだけでなく、朝起きられない、何もやる気が起きない、ぼんやりと過ごす時間が増えるといった状態が見られます。
この時期に最も重要なのは、「休むことが許されている」と感じられる環境です。
親から見ると、「このまま何もしなくて大丈夫なのだろうか」「生活リズムが崩れてしまうのではないか」と不安になりますが、心理的には回復のために必要な停止期間と考えられます。
この段階で無理に登校や学習を促すと、心のエネルギーはさらに消耗し、回復が長引くことがあります。完全休息期は、「何もしていないように見えるが、回復が進んでいる時期」でもあります。
第2段階:エネルギー回復期
十分な休息が取れると、少しずつエネルギーが戻り始めます。
好きなゲームや動画に興味を示す、笑顔が増える、家族との会話が増えるなどの変化が見られることがあります。
この段階で親御さんが戸惑いやすいのが、「ゲームばかりしていて大丈夫なのか」「このまま怠けてしまうのではないか」という不安です。しかし、心理的には、楽しめる対象があるということ自体が回復のサインです。
エネルギー回復期では、「何をしているか」よりも、「楽しさや興味を感じられているか」が重要になります。この時期に過度な制限や指導を行うと、回復途中のエネルギーを再び奪ってしまうことがあります。
第3段階:外との再接続期
エネルギーがある程度回復すると、子どもは家の外の世界に少しずつ目を向け始めます。短時間の外出、家族以外との会話、オンラインでの交流などが見られることがあります。
この段階で重要なのは、「学校に戻すこと」を急がないことです。外との再接続は、必ずしも学校から始まる必要はありません。むしろ、学校以外の場での成功体験や安心感が、次の一歩につながることが多いです。
親が「そろそろ学校に行けるのでは」と期待しすぎると、子どもは再びプレッシャーを感じ、後退することがあります。
第4段階:次の居場所を選ぶ時期
外との関わりが安定してくると、子どもは「これからどうするか」を考え始めます。この段階で初めて、再登校や別の学びの場について現実的な検討が可能になります。
重要なのは、選択肢を一つに絞らないことです。再登校だけでなく、適応指導教室、フリースクール、通信制高校、オンライン学習など、さまざまな道があります。
回復は「行きつ戻りつ」で進む
これらの段階は、必ずしも順番通りに進むわけではありません。良くなったと思ったら後退する、外出できていたのに再び引きこもる、といった揺れ戻しは自然な過程です。
回復とは、「前に進み続けること」ではなく、立ち止まりながらも少しずつ安心の範囲を広げていくことです。親がこのプロセスを理解していることで、必要以上に焦らず、子どもを支えることができます。
再登校だけがゴールではない
不登校の子どもを支える中で、多くの親御さんが無意識のうちに設定してしまうゴールがあります。それは、「元の学校に戻ること」「以前と同じ生活に戻ること」です。
もちろん、再登校という選択肢がその子にとって無理のないものであれば、それは一つの良い結果です。しかし、不登校の回復を「再登校できたかどうか」だけで評価してしまうと、子どもにとっても親にとっても、大きな負担になることがあります。
心理的な観点から見ると、不登校の本当のゴールは
「学校に戻ること」ではなく、「安心して生きられる状態を取り戻すこと」
にあります。
「元に戻る」という発想が苦しさを生む
不登校になる前の状態を「正常」、不登校の状態を「異常」と捉えてしまうと、回復は「元に戻ること」となります。しかし、実際には不登校に至るまでに、子どもは多くの無理や我慢を重ねています。
つまり、「元に戻る」ということは、同じ負荷のかかる環境に再び身を置くことを意味する場合もあるのです。その結果、再登校できたとしても、再び心が限界を迎え、再度不登校になるケースも少なくありません。
不登校は、単なるつまずきではなく、これまでの環境や関わり方を見直すきっかけでもあります。そこを飛ばして「戻す」ことだけを目指すと、本質的な回復にはつながりにくくなります。
多様な学びの選択肢があるという事実
近年、学校以外の学びの場は確実に広がっています。
適応指導教室、フリースクール、通信制高校、サポート校、オンライン学習、家庭学習の支援制度など、選択肢は一つではありません。
これらの場に共通しているのは、「一斉授業」「集団行動」を前提としない柔軟さです。子どものペースや特性に合わせて学びや人との関わりを調整できる環境は、不登校を経験した子どもにとって、心身の負担が少ない場合があります。
重要なのは、「どこで学ぶか」よりも、「どのような環境で安心して過ごせるか」です。学校という枠にこだわりすぎず、子どもに合った場を一緒に探していく姿勢が大切です。
再登校しない=失敗ではない
親御さんの中には、「再登校できなかったら、この子の人生は失敗なのではないか」と不安に感じる方もいらっしゃいます。しかし、再登校しない選択が「失敗」になることはありません。
むしろ、不登校を経験したからこそ、自分の限界や得意・不得意に気づき、自分に合った生き方を選べるようになる子どもも多くいます。遠回りに見える道が、その子にとっては必要なプロセスであることも少なくありません。
学歴や進路は、人生の一部分でしかありません。大切なのは、子どもが「自分は生きていていい」「自分のペースで進んでいい」と感じられることです。
親の価値観を問い直すということ
再登校にこだわってしまう背景には、親自身の価値観や不安が影響していることもあります。
「普通のルートから外れてしまうのではないか」
「周囲にどう見られるだろうか」
こうした思いは自然なものですが、それをそのまま子どもに背負わせてしまうと、子どもは「親の期待を裏切っている」と感じてしまいます。
親が一度立ち止まり、「この子にとっての幸せとは何か」「安心して生きられるとはどういう状態か」を考え直すことは、子どもの回復を大きく後押しします。
ゴールは「その子らしく生きること」
不登校のゴールは、特定の進路や形ではありません。
その子が自分の感覚を大切にしながら、無理のない形で社会とつながっていけること。これこそが、本当の意味での回復と言えるでしょう。
親自身の心のケアも大切に
子どもが不登校になると、どうしても視線は「子ども」に集中します。
子どもをどう支えるか、どんな関わりが正しいのか、何をしてあげられるのか。親として当然の思考です。
しかし、不登校は子どもだけの問題ではありません。
親御さん自身も、大きな心理的負荷を受ける出来事です。
親が感じる不安や孤独は、とても自然なもの
不登校が始まると、親御さんは次々と不安に襲われます。
将来への心配、学校や周囲との関係、親族や知人からの言葉。
ときには、明確な非難がなくても、「どう思われているのだろう」という視線に傷つくこともあるでしょう。
また、「自分の育て方が間違っていたのではないか」と、自責の念を抱く方も少なくありません。
過去の関わりを何度も振り返り、「あのとき、こうしていれば」と考え続けてしまうこともあります。
こうした感情は、弱さではありません。
それだけ真剣に子どもと向き合っている証拠です。
親が限界を迎えると、支え続けることはできない
子どもを支えたいという思いが強いほど、親御さんは自分の感情を後回しにしがちです。
「自分がしっかりしなければ」
「弱音を吐いてはいけない」
そうやって踏ん張り続けることで、気づかないうちに心が消耗していきます。
親が疲れ切ってしまうと、どれだけ正しい関わり方を知っていても、それを続けることは難しくなります。
だからこそ、親自身が回復することも、不登校支援の一部なのです。
「相談すること」は、甘えではない
親御さんの中には、「自分が相談する立場ではない」「もっと大変な家庭がある」と感じ、支援を求めることに躊躇する方もいます。
しかし、不登校は家庭だけで抱え込むには重すぎる問題です。
スクールカウンセラー、心理職、支援機関、信頼できる第三者。
親が話を聞いてもらえる場所を持つことは、子どもにとっても大きな安心材料になります。
親が誰かに支えられている姿を見ることで、子どもは
「頼ってもいいんだ」
「一人で抱え込まなくていいんだ」
というメッセージを受け取ります。
「正解の親」であろうとしなくていい
不登校に対する関わり方には、唯一の正解はありません。
その子の性格、家庭環境、時期によって、適切な対応は変わります。
大切なのは、完璧な対応をすることではなく、
迷いながらも、子どもと向き合い続ける姿勢です。
ときにはうまくいかない日があっても、感情的になってしまう日があっても、それで全てが台無しになるわけではありません。
関係は、日々の小さな積み重ねで修復されていきます。
おわりに 〜不登校は「立ち止まる力」でもある〜
不登校は、子どもが壊れてしまったサインではありません。
それは、これ以上無理をしないために、自分の心と体を守ろうとした結果です。
立ち止まることは、後退ではありません。
一度立ち止まったからこそ、自分に合わない道や、無理をしていた環境に気づくことができます。
親御さんが、
「今は休んでいい」
「あなたの価値は、学校に行けるかどうかで決まらない」
というメッセージを、言葉だけでなく態度で示し続けること。
それが、子どもが再び外の世界へ向かう力を育てます。
不登校の道のりは、決して楽なものではありません。
けれど、親も子も、回復していくことができます。
迷ったとき、不安が強いときは、どうか一人で抱え込まないでください。
支えは、必ずあります。




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