映画『ロストケア』を鑑賞してきました。開始10分で涙があふれ、何度も辛く苦しい気持ちになった作品。だからこそ、見た人の心を揺さぶる一作だったように思います。
心理士として、福祉に関わる立場として、作品の考察と感想をつづってみました。
ネタバレ含めての記載となりますのでご注意ください。
作品概要とあらすじ
日本では、65歳以上の高齢者が人口の3割近くを占め、介護を巡る事件は後を絶たない。
この問題に鋭く切り込んだ葉真中顕の第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作を、「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」、「そして、バトンは渡された」の前田哲監督が映画化。
介護士でありながら、42人を殺めた殺人犯・斯波宗典に松山ケンイチ。その彼を裁こうとする検事・大友秀美に長澤まさみ。社会に絶望し、自らの信念に従って犯行を重ねる斯波と、法の名のもとに斯波を追い詰める大友の、互いの正義をかけた緊迫のバトルが繰り広げられる。
他に鈴鹿央士、坂井真紀、戸田菜穂、藤田弓子、柄本明といった実力派俳優が出演。現代社会に、家族のあり方と人の尊厳の意味を問いかける、衝撃の感動作だ!
あらすじ
早朝の民家で老人と訪問介護センターの所長の死体が発見された。捜査線上に浮かんだのは、センターで働く斯波宗典(松山ケンイチ)。だが、彼は介護家族に慕われる献身的な介護士だった。
検事の大友秀美(長澤まさみ)は、斯波が勤めるその訪問介護センターが世話している老人の死亡率が異常に高く、彼が働き始めてからの自宅での死者が40人を超えることを突き止めた。
真実を明らかにするため、斯波と対峙する大友。すると斯波は、自分がしたことは『殺人』ではなく、『救い』だと主張した。その告白に戸惑う大友。彼は何故多くの老人を殺めたのか?そして彼が言う『救い』の真意とは何なのか?
被害者の家族を調査するうちに、社会的なサポートでは賄いきれない、介護家族の厳しい現実を知る大友。そして彼女は、法の正義のもと斯波の信念と向き合っていく。
公式HPより引用
介護士と検事、二人の共通点とは
斯波が殺人を繰り返してきたのは、大友検事と同じく、後悔や罪悪感に蓋をしていたから。
過去の自分の過ち(=父を殺したこと)を過ちと認めず、自分を正当化させるために殺し続けてきた。
父を手にかけたあの日、本当はあの折鶴を見て、斯波は後悔していたのだろう。
日々できないことが増えていく父を見てきて、”ここが限界だ”と判断し、手にかけた。
しかし、父は折れなかった難しい鶴を折ることができるようになっていた。
できなくなったことばかりに気を取られ、見逃していたもの…そこに気がついた時、後悔が斯波を襲う。
メッセージを中にして鶴に戻し、見えないように蓋をした。
それでも、鶴は逃れられない呪縛のように、部屋にポツンと置かれていた。
ルールを遵守する国、心情に訴える斯波
この作品を一言で表すと、
「どんな理由があれ殺人は罪vs行き過ぎた介護は老人も家族も苦しめるから殺して救った」
…と言う、意見のぶつかり合いの話。
一見すると後者はあまりにも自分勝手なように聞こえる。
しかし、この作品の中では、あまりにもリアルで過酷な介護の現場を映し出しており、心情的には”殺すことで救われた人がいる“と思わされそうになる。
「働ける人がいる=生保支給しません」と国がやるなら、
「殺人をした犯人は罪です」というルールを押し切らないと、どこか一貫性に欠ける印象。
国側である検察が”家族の絆”とか、情緒に訴えるような理由で論破しようとしたのは失敗だった。
なんちゃって嘱託殺人
結局のところ、斯波は自分の判断だけで”なんちゃって嘱託殺人”を行っていた。
それが1番間違っていたところ。
ラストで「お父ちゃんを返して!」って泣き叫ぶ女性がいた。
介護で長く関わっていたって、盗聴したって、どんなにその家庭を知った気でいても、本当のところ老人と家族がどう思ってるのかなんて他人にはわからない。
人としての尊厳や、安楽死問題も絡むような難しい問題だけど、今回の斯波はそれ以前の話。
みんなが安全地帯にいられる社会へ
資本主義社会では、結果的に勝ち組と負け組ができるのは仕方のないこと。
だからこそ、お金持ちになりたい!勝ち組になりたい!と頑張る人もいるのが事実。
その勝ち組と負け組は、介護や老後にも反映される。
ただ、負け組にいる人たちに最低限度の生活を保証するのが日本としてのあるべき姿。
だからこそ、本当なら行政の機能で、介護する側がみんな安全地帯に入れるようにすべきなんだろう。
家族として四六時中介護するのは、精神的にも体力的にも相当疲弊する。
一方で、区切られた時間の仕事なら、関係のない他人なら、介護する側もされる側も随分と気が楽になると思う。
十分な資産があれば老人ホームに入居し、完全に介護を任せることができる。
そうでなくても、要介護の認定を受ければ、公的介護保険サービスを利用でき、自己負担が少なく在宅介護ができる。
また、在宅介護にあたってケアマネージャーが家庭に定期的に入っていれば、介護者の負担感を把握することができたはず。
介護者の負担感を把握し、殺害をしたのが斯波。
殺害以外の方法として、介護施設に入居したり、訪問介護を増やす等が提案できると思うが、そこで収入の壁にぶつかったのだろう。
費用を国で負担すれば、介護する家族みんなが安全地帯にいられるようになる。
少子高齢化が進む日本では夢物語かもしれないが、介護のために休職や退職を余儀なくされている働き手のことを考えれば、介護費を国が負担して労働力を確保しつつ、その介護のための雇用も生まれる。
上手くシステムが作れないものだろうか…。
“老い”は病気とは違うから、周りに気付かれず、適切なサービスを知らずに受けられず、抱え込んでしまう家族がいるのかもしれない。それが、斯波親子だったのか。
斯波の殺人は救いだったのか?
斯波の殺人は、何人もの人々の人生を変えた。良い意味でも悪い意味でも。
介護から解放され再婚に向かう女性もいれば、介護士見習いちゃんは人間不信になったのか風俗の世界へ、辛い気持ちをぶつける相手を見つけた遺族etc…
斯波は”救い”と言うことで、自分を言い聞かせていた様に思う。自分は間違っていない、と。
斯波の行為が救いになった人は間違いなくいる。かつての斯波がそうだったから。
ただ、自然死や病死が誰のせいでもないのに対して、殺人は確実に行為の主体がいる。恨む相手が存在してしまう。それがまた新しい苦しみを生んでしまうのではないか。
演技派のキャストで魅せる映画
最後にキャスト陣にも触れておく。
実力の高い演技派のキャストで揃えたなという印象。
このキャストだったからこそ、このクオリティが出せたようにも思う。
(そして主演の2人の横顔の美しさが凄まじかった。笑)
何より柄本明の演技があってこその作品。
柄本明が何の役でも奥行きを持ってこなせるのって、これまで積み重ねた役柄の幅の広さから、受け手が望むその役の背景を投影できるところにあるんだろう。
ハンカチ必須の話題作
涙脆い私は開始10分で泣いた作品。
とにかく終盤はハンカチが手放せない。
劇場全体からすすり泣く声が聞こえてくる、そんな映画。
介護される老人だけでなく、介護に関わる家族にスポットを当てた作品。
だからこそ、誰しもがいつかは関わる問題に直面しているため、多くの人の共感を得られているのだろう。
是非ハンカチを持って、劇場でみてほしい一作。
コメント