不朽の名作映画『レオン』は究極の親子愛映画だった

映画考察

映画『レオン』の完全版を鑑賞しました。

あらすじ

ニューヨークのアパートに住む12歳の少女マチルダ(ナタリー・ポートマン)は、悪徳麻薬捜査官のスタンスフィールド(ゲイリー・オールドマン)の手によって、家族を惨殺されてしまう。

難を逃れたマチルダは、隣の部屋に住むイタリア系の男レオンに助けを求める。

レオンが一流の殺し屋であることを知ったマチルダは、家族の復讐のために人の殺し方を教えて欲しいと頼みこみ、初めは断るレオンだったが、彼女に説得されて渋々了承する。

奇妙な共同生活の中で、やがて二人は友情とも恋愛ともつかない複雑な感情を抱くようになっていく……

有名な作品だったため、視聴。

観てから知ったことだが、どうやら私が観たのはディレクターズカットを入れた完全版だったようで、実際公開されたものより22分ほど長いそう。

ロリコン映画と言ったやつ、出てこい

私が初見で観た感想と、世間の感想には少しズレがあった。

というのも、ロリコンのレッテルを貼られているこの映画が、私にはこの作品は空っぽの2人が父子のような親子関係を築き、愛情を知って人間性を取り戻していく話に思えたからだ。

大きな子どもレオンと、小さい大人マチルダ

虐待を受け世の中に絶望しているマチルダと、孤独を極めて世の中の闇に紛れた生活を送るレオン。

愛を知らないふたりが出会うことで物語が始まる。

共に生活を始めてしばらくし、マチルダはレオンに対して愛の告白をする。

そんなマチルダに対し、レオンはあくまで想いを受け止めるにとどめている。

タバコを吸い、自ら初体験を懇願し、「私が欲しいのは愛か死かよ」というセリフをことも無げに吐くマチルダは、精神的には完全に大人

マチルダは日常的に虐待を受け、過剰適応しすぎている子どもであり、大人びて見えているのである。

父母の性生活も身近であった描写があり、恋愛観は歪んでいる

その一方で、ミルクを飲み、観葉植物だけが友達で、ロクに読み書きもできないレオンは、精神的に完全に子ども

レオンもトラウマティックな体験をしたことで心を閉し、そこから全く成長していない(むしろ後退している)状態である。

告白の意味

マチルダがレオンに惹かれていることをストレートに伝えたのは、伝えてもレオンが自分のことを嫌いにならないと思えたから。

マチルダにとって、命を助けてくれて、衣食住をくれて、復讐の手助けをしてくれるレオンはまるで親代わりだ。

マチルダのレオンへの想いは、何もしても受けてもてもらえるという無条件の肯定的態度や、ここへ戻って来れば安心できるという安全基地の役割からきている“愛着”であり、これは恋ではない

マチルダは何もしないから弟のことが好きであったと語っていることからも、今まで自分にとって害のある人しか周りにいなかったため、無害なだけで好意を持つ傾向がある。

弟は自分より年下の家族だから単純に”好き”と言う。レオンは年上の他人であり、マチルダは初めて年上を他人を”好き”になった。

だからマチルダは”レオンに恋をしている”と評したと考えられる。

また、マチルダにとってレオンが自分を受け止めてくれる存在となったのと同様に、レオンにとってもマチルダは忘れていた感情を呼び起こしてくれた存在である。

単調だった毎日が、マチルダが来てから変わり始める。

笑うことが増え、殺し屋を教えるという経験はレオン自身を変えた。レオンはまるで父親のようにマチルダの幸せを純粋に祈っていたのだ。

だからこの作品は、愛情を知らないふたりが親子愛を築いていく物語である。

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