大和市7歳男児死亡事件とは?
上田雄大くん殺害事件の経緯
2012年6月、雄大くんは上田容疑者の次男として生まれました。
2012年10月、容疑者は雄大くんについて「気が付いたら青くなっていた。心肺停止の状態になった」などと消防に通報し、救急搬送され、雄大くんは入院します。
児童相談所は10年ほど前の2002年に雄大くんの兄が、2003年には姉が、それぞれ、生後半年たたないうちに死亡していたことなどから一時保護しました。
一時保護は2012年11月から始まり、2014年12月には保護者の同意を得たうえで、施設に入所させる措置をとりました。
一時保護と施設入所は合わせて2年余り続きましたが、雄大くんが2歳9か月になった2015年の3月、安全を確保できると判断した児童相談所は施設入所を解除し在宅での指導に切り替えました。
しかし、その後、2017年4月になって雄大くんの幼い弟(三男)が自宅で死亡。
これを受けて児童相談所は改めて雄大くんを一時保護しました。
2回目の一時保護の際には、雄大くんが「お母さんが怒ると、とても怖い時がある」「お母さんに投げ飛ばされて口から血が出た」などと話していたということです。
児童相談所では翌年、施設に入所させようとしましたが保護者の同意が得られなかったため、2018年2月、横浜家庭裁判所に施設入所を求める審判を申し立てます。
ところが、2018年10月、家庭裁判所はこの申し立てを却下したといいます。
この判断について児童相談所は「家裁の判断は他の子どもが亡くなったことが保護者の責任か不明であることなどを理由に申し立てを却下したものだった。家裁の判断は残念だが、児相側としても間違いなく家庭での養育が不適切だというところまでの書類をそろえて提出することはできなかったということになり、その点も大変残念だ」と話しています。
児童相談所は11月に一時保護を解除。
小学校など地域の関係機関と連携しながら在宅指導を行っていましたが、2019年の8月、雄大くんは亡くなりました。
児童相談所は死亡する4日前に上田容疑者と雄大くんと面接したということですが、問題なく生活が送れている様子だったとしています。
児童相談所は「通常の養育自体には問題がみられず対応が難しい家庭だった」と説明しています。
施設入所の申し立てとは?
児童相談所は児童養護施設や乳児院などの施設への入所の措置が必要だと判断したものの、保護者の同意が得られない場合、児童福祉法に基づいて家庭裁判所に申し立てを行うことになっています。申し立てにあたって児童相談所は弁護士の助言を得ながら必要な書類に事案の内容や施設に入所する必要性を記載するということです。審判の結果、申し立てが認められれば保護者の同意がなくても施設に入所させることができます。
家庭裁判所「個別具体的な内容については控える」
児童相談所からの施設入所を求める申し立てを却下したことについて、
横浜家庭裁判所は「非公開の手続きのため、理由など個別具体的な内容については控える」
とコメントしています。
大和市の対応「児童が主体で関わっていた」
大和市の担当者によりますと、雄大くんが生まれる1か月前の2012年5月、母親の上田容疑者が通っている病院から市に対して、「過去に2人の子どもが死亡している。養育力に心配がある」という内容の連絡があったということです。
市は児童相談所に連絡し、双方の職員が自宅を訪問して相談に乗るなど、サポートにあたったということです。
同じ年の10月には、雄大くんが「呼吸困難になった」と母親が消防に通報して救急搬送され、雄大くんはこのあと、児童相談所に保護されました。
2015年の3月に家庭に戻されたあとは、市や児童相談所の職員が訪問していたということです。
その後、雄大くんの弟が亡くなったことを受けて再び児童相談所に保護され、2018年の11月に自宅に戻ったあと、市は雄大くんが亡くなるまでの9ヶ月間に5回自宅を訪問したということです。
この間、子育ての相談はあったものの、特段変わった様子はなかったということです。
事件を受けて、大木哲市長は「今回のケースは児童相談所が主体となって市も対応してきた。今度の真相究明のためにできることがあれば全力で協力していきたい」と話していました。
大和市教育委員会「欠席なく、行事にも参加」
大和市教育委員会によりますと、亡くなった雄大くんは2019年4月に市内の小学校に入学しました。
長期間休むことはなく、学校行事にも参加していたということで、家庭訪問には母親が対応し、特に問題はなかったということです。
大和市教育委員会は「学校からは穏やかに生活を送っていたと報告を受けています。市内の小学校に通う子どもが亡くなり痛ましい気持ちです」としています。
専門家「適切に対応していれば防ぐことできた」
刑事法が専門で児童虐待に詳しい千葉大学大学院の後藤弘子教授は「今回のケースはすでに子どもが3人死亡していて慎重な対応が求められることは明らかで、適切に対応していれば防ぐことができたはずだ。家庭裁判所が施設入所の申し立てを却下したケースはこれまでの統計を見ても極めて少ない。家庭裁判所がなぜ却下したのかや、児童相談所が家庭裁判所に判断に必要な情報を十分提供できていたのかなど経緯を検証するべきだ」と指摘しています。
そのうえで、「保護を解除したあと、親子をどう支援していたのか、母親が同席しない状況で子どもから直接話を聞く場を設けていたのか、児童相談所の対応についても検証が必要だ。生後まもない子どもが相次いで死亡していることなどからも母親が生活上の困難を抱えていた可能性もあり、支援が適切だったのか疑問だ」と話しています。
近所の住民「母親が『絶対に渡さない』と叫んで騒ぎに」
近くに住む夫婦は「何年か前に役所の人が雄大くんと思われる子どもを引き取りに来て、母親が『絶対に渡さない』と叫んで騒ぎになっていました。母親は次の日に謝りに来て『下の子が亡くなったので、上の子を連れて行かれた。その前にも子どもが亡くなったことがある』と話していました」と話しました。
そのうえで「引き取られた子どもはその後見ていなかったのですが、まさか亡くなっているとは思いませんでした。母親も普通の様子で外出したりしていたので、逮捕されたと聞いて驚いています」と話していました。
参考
この事件から考えられること
児相の対応は正しかったのか?
他の兄弟が亡くなっている状況からも、児童相談所は、家庭での養育は危険であるとし、施設措置の判断をしています。
しかし、保護者の同意が取れず、裁判所でも負け、家庭に帰さざるを得ない状況になりました。
こうなると、児童相談所の力では母子分離させることはできなくなります。
出来ることとしては、福祉司指導として定期的な通所をさせること、学校や病院等の関係機関に見守りをお願いし、定期的に情報収集をしてもらうことくらいです。
通所の際は、母子で来てもらいます。
そして、母は福祉司と個室で話をします。
雄大くんは心理司と別の個室で話をします。
分離し、秘密を確保できる場所で安心して話ができる環境を整えていました。
また、担当制ですので、来所の際は毎回同じ人と話をします。
雄大は保護歴もあるため、保護の時からずっと同じ心理司と関係を作りながら話をしていました。
雄大くんと心理司の関係ができていたからこそ、家でのことや母のことをお話ししてくれたのだと思います。
本来、子どもは親が大好きで、親を庇おうとします。
たとえどんな虐待を受けていても、その子にとってはその親しか知らないので、それがおかしいことだと気づくことが難しく、そういった環境で育つと疑うこともしないのです。
だから、心理司がそういった子どもの気持ちに配慮しながら丁寧に話を聞いていくことで、家であった本当のことや本当の気持ちを話してくれるようになるのです。
児童相談所を中からと外から見てきた私としても、
このケースの対応は、今の児相でできる最善を尽くしているように見えました。
どうしたら防げたのか?
裁判所には、現場の温度感は伝わりません。
だからこそ、目に見えてわかる証拠が必要なのです。
おそらく児童相談所は、通所面接を重ねる中で、本児の発言を集め、施設措置に持っていけるようにと考えていたのではないでしょうか。
雄大くん殺害は、その最中に起こりました。
支援していた担当の福祉司と心理司は相当なショックを受け、やるせなさを感じたことでしょう。
ポイントは“家庭裁判所の却下“にあると思います。
家庭裁判所に申立てをした時点では、
- 他の兄弟が不審死していること、
- 本児が幼少期に心肺停止状態になったことがあること、
- 母から暴力を受けたという本児の証言(実際の怪我の確認なし)、
と言う3点で施設措置を要求していたのだと推測できます。
しかし、家庭裁判所からしてみれば“今“は家庭内で不適切な状況はないように見えます。
親が施設措置を拒否していることもあり、形式的に却下されたのだろうと思います。
司法においては、感情や推測で判断することは避けられます。
間違いを誘発する可能性が高まるため、当然のことと思います。
ただ、児童相談所が組織として施設措置が妥当と判断したケースであるということの意味を
もう少し理解してもらえなかったのかと疑問に思います。
では、このケースで、家庭裁判所が施設措置が妥当と判断するには何が必要だったのでしょうか?
- 母親の精神状態は?
→自称看護助手であること、一時保護時の反発の様子から、母親に精神科受診を勧めても行ってくれなそうに思います。
- 母親の養育や生活能力は?
→市の家庭訪問や学校生活の様子からも、普段の家庭での養育に問題はなさそうに見えます。
- 子どもが施設措置を望んでいたら?
→当然聞いていると思います。本人から証言を取れていたとしたら、施設措置の判断となった可能性が高いです。
世間から見れば
「こうなることはわかっていたのにどうして保護解除したんだ!」
とお怒りの声が聞こえてきそうです。
それと同じことを、きっと誰よりも、児童相談所の職員は思っています。
児童相談所の実情
現在、児童相談所は大変な人手不足に苦しんでいます。
児童虐待の認知件数は年々増加しています。
それに伴い、児童福祉司も数を増やすよう通達が出ています。
するとどうなるのかと言うと、経験年数1〜2年の職員が大幅に増え、教育が追いつきません。
職員1人あたり2〜3人の新人の面倒を見ないといけません。
新人の面接や家庭訪問等に同席や同行が必要なため、自分の時間が大幅に持っていかれます。
複雑で大変なケースは経験のある職員が担当する必要があるため、心身共に忙殺される勢いです。
児童相談所での仕事は、ケースによっては親御さんに罵倒されたり、関係機関との板挟みにあったり、思い通りにいかないし、理不尽なことがたくさんあります。
そのため、休職される職員もたくさんいました。
恐ろしいことに、この休職は伝染します。
1人が休職になると、その人が持っているケース(少なくても60)を他の人が担います。
すると、キャパオーバーになり、また1人、また1人とバタバタといなくなります。(実話です)
特に、児童相談所に初めて勤務する新人は、ある時急に心身の限界が訪れるイメージがあります。
また、経験豊富な職員にとっては、児童相談所での仕事はだんだんと割に合わなくなっていきます。
すると、他の条件の良い仕事にポンっと引き抜かれます。
負のループはずっと続いています。
これからできることは?
今回の事件において、児童相談所は、出来ること最大限を尽くしていたと思います。
しかし、事件は起こってしまった。
これを“仕方ない“と思っている関係者はいないでしょう。
児童相談所の職員の率直な気持ちとしては
“これ以上どうすれば良かったんだ“と“見守っていた命なのに悔しい“です。
では、もう二度と、このような事件が起きないためにどうしたら良いのでしょうか?
大変悔しいことですが、現実として、虐待で亡くなった子どものニュースが、数年ごとに大々的に報道されています。
実は、そういったセンセーショナルな事件が起きる度に、児童相談所の仕組みや体制の見直し、そして法改正が行われています。
最近の大きな出来事で言うと、2019年に親による体罰禁止を盛った改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が、参院本会議で全会一致で可決、成立しています。
これは、千葉県野田市の女児死亡事件など、子どもへの「しつけ」を名目にした虐待が後を絶たないことから禁止を明確にするものです。
また、児童相談所の機能強化も盛り込まれています。
2022年2月22日、児童相談所が虐待を受けた子どもを親から引き離す一時保護の開始について、裁判官が必要性を判断する司法審査の導入を柱とした児童福祉法改正案が了承されています。
これは、今回の大和市の事件を受け、改正案が出ていたのだと思われます。
このように、大きな事件がある度に、良い方向に変化をしています。
…それでいいのでしょうか?
全て後手後手です。
次にまた誰かが亡くなるまで、児童相談所や虐待対応に関わる体制は今のままでいいのでしょうか?
大切なのは職員の心のゆとり
児童相談所、市役所、区役所、学校、保育園etc…児童に関わるあらゆる機関が正常に機能し、
虐待を発見した際にはそれぞれが連携して動けるようにあるべきです。
そのためには、各機関職員の“心のゆとり“が必要だと考えています。
上記の公的機関、どこもかしこも人手不足です。
予算もないため、非常勤職員がとても多いです。
多忙で心身共に疲弊した状態では、
つい“後回し“にしてしまったり、“やらなくていいならやらない“となりませんか?
例えば保育士さん、賃金に見合わないくらいの労働環境と話題にあがりますよね。
たくさんの子どもを一度に見ていること自体、とても大変です。
保護者の対応や、行事の準備等忙しさに追われています。
その中で、不自然な傷やアザのある子どもを見つけたり、いつもと違う様子に気がついたり、家で困ったことを教えてもらえるような関係性を築くことは、十分に出来るでしょうか?
・・・難しいと思います。
リアルな現状としては、
- 不自然な傷やアザをよく報告してくれる園と、
- 時間が経ってから報告してくれる園と、
- 全然報告が上がらない園があります。
“心のゆとり“がある園は、すぐに報告する余裕があります。
すぐに報告してもらえれば、すぐに役所や児相が動けます。
証拠が残っているうちに、対応ができます。
児童虐待のための予算を、人員を、教育を。
公的機関は、一般企業のように潰れることはありません。
待遇が悪くても、誰かがやらないといけないことだからなくならないのです。
現場の声が世間に届き、もう二度と悲しい事件が起こらないことを祈っています。
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